イブラーヒーム (ウマイヤ朝) From Wikipedia, the free encyclopedia 在位 744年10月3日 - 12月12日死去 750年1月25日家名 ウマイヤ家王朝 ウマイヤ朝イブラーヒームإبراهيم بن الوليد ウマイヤ朝カリフ在位 744年10月3日 - 12月12日死去 750年1月25日家名 ウマイヤ家王朝 ウマイヤ朝父親 ワリード1世宗教 イスラム教スンナ派テンプレートを表示 イブラーヒーム(生年不詳 - 750年1月25日)は、ウマイヤ朝の第13代カリフ(在位:744年10月3日 - 12月12日)。 第6代カリフ・ワリード1世の子。第13代カリフで兄に当たるヤズィード3世の早世で跡を継いだ。しかし第4代カリフ・マルワーン1世の孫でイラク総督のマルワーン2世はこれを認めず反乱を起こし[1]、敗れたイブラーヒームはパルミラに逃亡した。在位わずか6ヶ月足らずで、35歳の命を疫病に奪われた。[2] 脚注 [脚注の使い方] ↑ 兄・ヤズィード3世がクーデターを起こしたことがウマイヤ一族で不満を持たれていたという[要出典] ↑ 前嶋信次 (2000年). 千夜一夜物語と中東文化. 東洋文庫. p. 78 参考文献 アミール・アリ『回教史 A Short History of the Saracens』(1942年、善隣社) 関連項目 ウマイヤ朝 先代ヤズィード3世 ウマイヤ朝744年 次代マルワーン2世 表話編歴ウマイヤ朝カリフウマイヤ朝カリフ ムアーウィヤ1世661-680 / ヤズィード1世680-683 / ムアーウィヤ2世683-684 / マルワーン1世684-685 / アブドゥルマリク685-705 / ワリード1世705-715 / スライマーン715-717 / ウマル2世717-720 / ヤズィード2世720-724 / ヒシャーム724-743 / ワリード2世743-744 / ヤズィード3世744 / イブラーヒーム744 / マルワーン2世744-750 後ウマイヤ朝アミール アブド・アッラフマーン1世756-788 / ヒシャーム1世788-796 / ハカム1世796-822 / アブド・アッラフマーン2世822-852 / ムハンマド1世852-886 / ムンジル886-888 / アブド・アッラー888-912 / アブド・アッラフマーン3世912-929 後ウマイヤ朝カリフ アブド・アッラフマーン3世929-961 / ハカム2世961-976 / ヒシャーム2世976-1009 / ムハンマド2世1009 / スライマーン1009-1010 / ムハンマド2世(復位)1010 / ヒシャーム2世(復位)1010-1013 / スライマーン(復位)1013-1016 / アブド・アッラフマーン4世1018 / アブド・アッラフマーン5世1023-1024 / ムハンマド3世1024-1025 / ヒシャーム3世1027-1031 典拠管理データベース İslâm Ansiklopedisi Related Articles