イムディーナ
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イムディーナでの定住の痕跡は、紀元前4000年より前に遡る。紀元前700年頃にフェニキア人によって初めて要塞化された。これは、町の位置が海まで見通せることが可能な島の最高点にあるという、軍事的要所であったことが理由である。マルタがローマ帝国支配を受けると、ローマの知事は自身の邸宅をイムディーナに建てた。60年に使徒パウロは、乗っていた船がマルタで難破した後にイムディーナで暮らしたと言われている。イムディーナという現在の名前を初めて与えたのは、870年頃にマルタへやってきたシチリアのアラブ人によってである。アラブ語で町を意味する。彼らは広い堀と厚い防御用壁を持つ都市を作り上げ、近隣の町ラバトからイムディーナを切り離した。
1091年、ノルマン人がマルタを征服した。イスラム文化の影響を受けたノルマン王朝時代の建物が見られる。1565年のマルタ包囲戦では、長らくマルタ島の首都であり要塞と化していたイムディーナを聖ヨハネ騎士団が最後まで守り抜いた。この戦いの後、騎士団は首都をバレッタに移す。1693年には地震に見舞われ、多数の建物が崩壊した。地震後の1702年に聖堂は、マルタ人建築家ロレンゾ・ガファの設計で再建された。1798年、ナポレオンのフランス軍によるマルタ侵攻に伴い占領されたが、間もなくフランス軍への反乱蜂起の主要舞台となり、フランス軍は最終的に英軍に降伏、マルタ全土から撤退する。その後はマルタがイギリスの保護領化されたことに伴い、20世紀後半における独立までイギリスの支配を受けることになる。


