イメレティ州
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イメレティ州 იმერეთის მხარე | |
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州 | |
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「州」としての管轄区域 | |
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州成立以前からの「イメレティ地方」 | |
| 北緯42度10分 東経42度59分 / 北緯42.167度 東経42.983度座標: 北緯42度10分 東経42度59分 / 北緯42.167度 東経42.983度 | |
| 国 |
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| 州都 | クタイシ |
| 政府 | |
| • 知事 | イラクリ・チョゴヴァゼ |
| 面積 | |
| • 合計 | 6,552 km2 |
| 人口 (2014年) | |
| • 合計 | 533,906人 |
| • 密度 | 81人/km2 |
| ISO 3166コード | GE-IM |
| 中心地 | クタイシ |
| 地区 | 1自治市、11地区 |
イメレティ州(グルジア語: იმერეთი მხარე、英: Imereti Province)は、ジョージアの中部、リオニ川の下流域に位置する州。
県都クタイシのほか、サムトレディア、チアトゥラ(マンガン生産)、トキブリ(炭鉱)、ゼスタポニ(鉱業)、ホニ、サチヘレなどの町でも工業が盛んである。昔からクワやブドウもつくられてきた。
古代後期から中世前期にかけて歴史上に現れた古代グルジア王国西部のエグリシ地方は、現在のイメレティ州にあったとされる。エグリシの王は523年にキリスト教を国教とした。975年から1466年までグルジア連合王国の一翼を担ったが、同王国の崩壊に伴い独立した。
17世紀から18世紀にかけてはトルコに頻繁に侵略され、1810年にロシア帝国に占領・併合される直前にはオスマン帝国の実質的な支配下に入っていた。最後のイメレティ王はソロモン2世(在 1789年 - 1810年)であった。1918年から1921年にかけてグルジア民主共和国に属したが、同国が赤軍に滅ぼされると、1921年から1991年の独立までグルジアSSRに属した。