イリヤ・ナイシュラー
From Wikipedia, the free encyclopedia
| イリヤ・ヴィクトロビッチ・ナイシュラー Ilya Naishuller Илья Викторович Найшуллер | |
|---|---|
| 生年月日 | 1983年11月19日(42歳) |
| 出生地 | モスクワ |
| 国籍 | ソビエト連邦 |
| 職業 | 映画監督、プロデューサー、MV監督、音楽家 |
| 活動期間 | 2008年- |
| 配偶者 | ダーシャ・チャルーシャ(2010年-) |
| 著名な家族 | ヴィクトル・ナイシュラー(父親・実業家) |
| 主な作品 | |
|
映画監督 「ハードコア」 「Mr.ノーバディ」 「ヘッド・オブ・ステイト」 | |
イリヤ・ナイシュラー(英:Ilya Naishuller、露:Илья Викторович Найшуллер) はロシアの映画監督、MV監督、ミュージシャン。
1983年11月19日、モスクワ生まれ。父親はユダヤ系ロシア人で救急救命士、母親は外科医。イリヤが5歳頃の1980年代後半に父親は貿易商に転向し、ラーダの輸出や西側諸国の海賊版ビデオテープの輸入販売などで推定2千万ドルを稼いだ[1]。その後も銀行の清掃会社やオフィス家具などの事業で成功し、1990年代の「最も裕福なロシア人の1人」と言われるほどの実業家であった。
イリヤは7歳から14歳まで、ロンドンのプール付き別荘に住みながら留学し[1]、モスクワに戻ると名門のブリティッシュインターナショナルスクールに通った。自宅には父親の商売用の海賊版VHSテープが大量にあり、子供の頃から海外の映画を見ているうちに映画監督になりたいと思うようになった[2]。
ロシア映画大学に受験するが失敗し、翌年モスクワの「映画テレビ研究所(GITR)」に入学した[1]。モスフィルムでカチンコや撮影助手、翻訳などのアルバイトをするうちに映画製作に夢中になり2年で中退した。
経歴
2008年、モスクワでロックバンドのBiting Elbowsを結成し、リードボーカル兼ギタリストを担当した。数年後、学生時代に知り合ったプロデューサーのエカテリーナ・コノネンコの支援を受け[1]、アルバム”Dope Fiend Massacre”の収録曲である”The Stampede”、”Bad Motherfucker"のミュージックビデオ(以下MV)を監督し発表。GoProを駆使した一人称視点の映像はインターネット上で瞬く間に話題になり延べ1億5千万回以上の再生回数を記録した。ダーレン・アロノフスキーやサミュエル・L・ジャクソンからも称賛のメッセージが届いたという[1]。
映画監督・プロデューサーのティムール・ベクマンベトフはこのMVを観て直ちにフェイスブックを通じてナイシュラーとコンタクトを取り、計画中の「ハードコア」(2015)の監督に抜擢した[1]。この映画はトロント国際映画祭の観客賞を受賞し、翌年全米で劇場公開されると1,430万米ドルの興行収入を記録した。
ロシアのロックバンド、レニングラードは「ハードコア」の映像に触発され、“Kolshik”のMVの監督を依頼した。この作品は2017年のベルリン・ミュージックビデオアワードのベストコンセプト部門で1位となった。
「ハードコア」のあとハリウッドからオファーがいくつかあったが実現せず、2018年に「Mr.ノーバディ」の監督に選ばれたのだが、撮影が始まる直前になって配給元のSTXエンターテインメントが理由不明のまま製作中止を発表した。その後すぐユニバーサル・ピクチャーズが映画化権を買収するのだが、ナイシュラーを推すティムール・ベクマンベトフが、親しい友人であるユニバーサルのドナ・ラングレー会長を説得したのだろうと言われている。2025年にアクションコメディ映画「ヘッド・オブ・ステイト」を監督し、続いてジェイク・ジレンホール主演の「ロードハウス2」のオファーが来ているという。
影響を受けた映画監督にウェス・アンダーソンとエドガー・ライトを挙げている[2]。またほとんどのハリウッド映画は「ロシア」を誇張し過ぎだと感じており、モスクワで生まれ育った経験を生かして映画の中のロシア人をきちんと描けることを強みとしている[3]。