イル・ポスティーノ
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『イル・ポスティーノ』(Il Postino, The Postman)は、1994年のイタリアのドラマ映画。
監督
マイケル・ラドフォード
脚本
マイケル・ラドフォード
マッシモ・トロイージ
フリオ・スカルペッリ
アンナ・パヴィニャーノ
ジャコモ・スカルペッリ
マッシモ・トロイージ
フリオ・スカルペッリ
アンナ・パヴィニャーノ
ジャコモ・スカルペッリ
製作
マリオ・チェッキ・ゴーリ
ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ
ガエターノ・ダニエル
ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ
ガエターノ・ダニエル
製作総指揮
アルバート・パソネ
| イル・ポスティーノ | |
|---|---|
| Il Postino | |
| 監督 | マイケル・ラドフォード |
| 脚本 |
マイケル・ラドフォード マッシモ・トロイージ フリオ・スカルペッリ アンナ・パヴィニャーノ ジャコモ・スカルペッリ |
| 製作 |
マリオ・チェッキ・ゴーリ ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ ガエターノ・ダニエル |
| 製作総指揮 | アルバート・パソネ |
| 出演者 |
マッシモ・トロイージ フィリップ・ノワレ |
| 音楽 | ルイス・エンリケス・バカロフ |
| 撮影 | フランコ・ディ・ジャコモ |
| 編集 | ロベルト・ペルピニャーニ |
| 配給 |
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| 公開 |
|
| 上映時間 | 108分 |
| 製作国 |
|
| 言語 |
イタリア語 スペイン語 |
| 製作費 | $3,000,000 |
1950年代の一時期、祖国チリを追われた実在の詩人パブロ・ネルーダが、ナポリ湾のカプリ島に身を寄せた史実にもとづき、架空の漁村を舞台に物語は展開する。
映画内で居酒屋兼食堂だった場所は、カプリ島と同じくナポリ湾に浮かぶプローチダ島である。現在(2012年)は、レストラン兼カフェとして営業し、また店内には映画に関連するものが展示してある。
ストーリー
イタリアの小さな島に住む内気な青年マリオは、父親から一緒に漁師をしようと言われるが断り続け、文字が読めることから郵便配達の仕事に就く。
届け先はただ1つ、チリから亡命してきた詩人パブロ・ネルーダの家だけであった。やがてパブロと交流することで、文学や芸術に目覚める。2人はしばしば浜辺で会話し、友情を深めてきたが、ついにパブロの逮捕状が解消され、島を去る日がやってきた。
マリオはパブロの協力もあって島のパブで出会ったベアトリーチェと結婚し、やがて共産主義活動に傾倒してゆく。数年後、パブロが島に訪れたとき、マリオの姿はなかった。共産活動のデモで命を落としていたのだった。パブロは2人の思い出の海岸に足を運び、マリオとの日々を想った。
キャスト
日本語字幕
吉村信次郎
製作
- アントニオ・スカルメタの1985年の小説『イル・ポスティーノ(原題:Ardiente paciencia)』の映画化権をマッシモ・トロイージが取得し、脚本を書き上げてラドフォードに渡した。ラドフォードはトロイージの熱意は高く評価したものの、脚本には満足していなかった。そこで、トロイージの元恋人アンナ・パヴィニャーノと共に、二人はサンタモニカの海辺のホテルに滞在し、新たな脚本を執筆した[1]。原作小説はチリが舞台で、ネルーダは1970年頃にイスラ・ネグラの自宅に住んでいる設定で会ったが、舞台を現代のチリから1950年代のイタリアに変更し、マリオのキャラクターを10代の漁師から40歳の郵便配達員に変更された。
- 300万ドルの製作費を投じた[2]この映画は、 ナポリ湾のプロチダ島を舞台に撮影され、シチリア島北岸沖に浮かぶエオリエ諸島の火山島の一つ、サリーナ島でも追加撮影が行われた。コッリチェッラは、映画に登場するいくつかのウォーターフロントシーンの舞台となっている。撮影は11週間かかり、イースター休暇の1度の休暇のみであった[3]。
- トロイージの演技は、幼少期のリウマチが原因の心臓病の悪化によって妨げられた。トロイージは非常に衰弱していたため、1日に約1時間しか働くことができなかった。彼のシーンのほとんどは1テイクか2テイクで撮影され、撮影スケジュールは彼を中心に撮影できるように組まれた。主人公のバックショットやロングショット、自転車に乗るシーンなどは、トロイージの吹替えによって撮影された。トロイージは、撮影が完了する前に死亡した場合に備えて、制作の早い段階で彼のセリフをすべて録音されていた[1]。
- トロイージは撮影時もすぐに手術しなければ危険な状態であった。彼はロケの最中に倒れたときに「今度は僕の最高のものをあげるからね」とスタッフに言い残していて、映画撮影終了の12時間後に亡くなっている。