インドラ・プトラ・マハユディン
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
|
2012年マレーシアカップ決勝のインドラ・プトラ・マハユディン(右)。左はラメズ・ダユブ。 | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
インドラ・プトラ・ビン・マハユディン Indra Putra bin Mahayuddin | |||||
| ラテン文字 | Indra Putra Mahayuddin | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1981年9月2日(44歳) | |||||
| 出身地 | イポー | |||||
| 身長 | 177cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
| |||||
| ポジション | FW/MF(WG) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1997-2002 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2002-2003 |
| 10 | (4) | |||
| 2004-2007 |
| 38 | (21) | |||
| 2008 |
| 18 | (5) | |||
| 2009-2010 |
| 40 | (23) | |||
| 2011-2012 |
| 27 | (12) | |||
| 2012-2013 |
| 75 | (28) | |||
| 2014-2015 |
| 78 | (29) | |||
| 2016-2017 |
| 38 | (5) | |||
| 2018- |
| |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2002-2006 |
| 27 | (5) | |||
| 2002-2015 |
| 52 | (17) | |||
| 2008 |
| 1 | (0) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。2017年10月28日現在。 2. 2016年3月15日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
インドラ・プトラ・マハユディン(マレー語: Indra Putra Mahayuddin、1981年9月2日 - )は、マレーシアのサッカー選手。元マレーシア代表。ポジションはFWまたはWG。
ペラFAからセランゴールFA
ペラFAのユース出身で2002年にトップチームに昇格し2002年、2003年のマレーシア・スーパーリーグ連覇に貢献した。翌2004年はパハンFAに電撃移籍。このシーズンはパハンFAが優勝し、彼自身はスーパーリーグを3連覇した。この年彼は21試合15得点の活躍を見せリーグ得点王にも輝いた。パハンFAとの契約が満了し、2008シーズンにはセランゴールFAへ移籍した。
ケランタンFA
2009シーズンにはケランタンFAに移籍し、ペラFAでチームメイトであったムハマド・カリド・ジャムルスとのコンビで活躍した[1]。2009年4月18日にはヌグリ・スンビランFA戦で相手ディフェンダーであるモハマド・ラハマン・ザブールを踏みつけ、ヌグリ・スンビランFAのサポーターから悪評を得た。しかしながら彼はこの行為でレッドカードを提示される事はなく、退場を免れた。同年のピアラFAマレーシアの決勝ではセランゴールFA相手にPK戦に縺れ込んだが彼のシュートはバーを直撃し3-1でこの試合に敗北した。ケランタンFAはこの年、ヌグリ・スンビランFAに敗れてマレーシアカップのタイトルも落としているが、彼はフリーキックからこの試合で得点していた。兎も角、彼はこの年に最優秀選手を受賞している。マレーシアカップについてはその翌年にタイトルを獲得した。
TチームFCとケランタンFAへの復帰
2011シーズンはTチームFCに移籍した。しかし翌年ケランタンFAに復帰。シャー・アラム・スタジアムで行われたマレーシアカップ決勝戦でATM FAを破りタイトルを獲得すると、マレーシア・スーパーリーグ、ピアラFAマレーシアも制覇し、トレブル達成に貢献した[2]。
FELDAユナイテッドFCとケランタンFAへの再復帰
2013シーズンにマレーシア・プレミアリーグへの降格が決定したFELDAユナイテッドFCに2013年末に移籍。2014シーズンのプレミアリーグを2位で終えるのに貢献し、スーパーリーグへ復帰した。
その後2015年12月30日にケランタンFAへの再復帰が発表された。
クアラルンプールFA
2017年12月3日、クアラルンプールFAへ移籍した。
代表歴
2003年の東南アジア競技大会に出場した他、同年のプレミアリーグ・アジアトロフィーに出場した。また、2002 タイガーカップにも出場し4位で終えた。
ノリザン・バカル監督によってAFCアジアカップ2007のマレーシア代表にも選抜された。同大会で彼はマレーシア代表唯一の得点者となり、中国代表から点数を奪ったものの、グループステージ全敗と云う結果に終わった。
その後代表から長らく遠ざかっていたが、2014年9月14日に行われたインドネシア代表戦の際にダラー・サラー監督から招集された[3]。控えとして途中出場したものの、2-0で敗北した[4]。
また、マレーシアリーグXIとしても出場経験があり、2008年7月29日にはシャー・アラム・スタジアムでチェルシーFCと対戦しているが、0-2で敗れた[5]。しかしチェルシーFCの監督、ルイス・フェリペ・スコラーリはこの試合について良い試合であったと彼らを讃えた。
個人成績
- 2016年3月15日現在
代表での得点一覧
| # | 日附 | 場所 | 対戦相手 | 得点 | 結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2002年12月11日 | 5-0 | 親善試合 | |||
| 2. | 2002年12月18日 | 0–2 | 0-4 | 2002 タイガーカップ | ||
| 3. | 0-3 | |||||
| 4. | 2002年12月20日 | 3-1 | 3-1 | |||
| 5. | 2002年12月29日 | 2-1 | 2-1 | |||
| 6. | 2003年10月22日 | 1-1 | 3-1 | AFCアジアカップ2004予選 | ||
| 7. | 2006年8月23日 | 1-0 | 1-2 | 2006年ムルデカ大会 | ||
| 8. | 2007年7月10日 | 1-4 | 1-5 | AFCアジアカップ2007 | ||
| 9. | 2008年7月22日 | 1-1 | 親善試合 | |||
| 10. | 2008年10月15日 | 1-0 | 4-0 | 2008年ムルデカ大会 | ||
| 11. | 2008年10月23日 | 1-0 | 4-0 | |||
| 12. | 3-0 | |||||
| 13. | 2008年12月6日 | 2-0 | 3-0 | 2008 AFFスズキカップ | ||
| 14. | 2008年12月8日 | 1-1 | 2-3 | |||
| 15. | 2-2 | |||||
| 16. | 2014年11月29日 | 1-3 | 1-3 | 2014 AFFスズキカップ | ||
| 17. | 2014年12月20日 | 2-0 | 3-2 |