イヴァノエ・ボノーミ
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| イヴァノエ・ボノーミ Ivanoe Bonomi | |
|---|---|
イタリア王国首相 | |
| 任期 1921年6月4日 – 1922年2月26日 | |
| 君主 | ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世 |
| 前任者 | ジョヴァンニ・ジョリッティ |
| 後任者 | ルイージ・ファクタ |
| 任期 1944年6月18日 – 1945年6月21日 | |
| 君主 | ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世 |
| 前任者 | ピエトロ・バドリオ |
| 後任者 | フェルッチョ・パッリ |
| 個人情報 | |
| 生誕 | (1873-10-18) 1873年10月18日 |
| 死没 | 1951年4月20日(1951-04-20)(77歳没) |
| 国籍 | イタリア |
| 政党 | イタリア社会党 (1893-1912) イタリア改良主義社会党 (1912-26) 労働民主党 (1942-46) イタリア民主社会党 (1948-51) |
イヴァノエ・ボノーミ(伊:Ivanoe Bonomi [iˈvaːnoe boˈnɔːmi][1]1873年10月18日 - 1951年4月20日)は、第二次世界大戦前後のイタリアの政治家である。ボノミとも呼ぶ。
ボノーミはマントヴァにて生まれる。1909年に代議院議員にイタリア社会党員として当選するも、彼の改良主義思想と伊土戦争の支持により1912年、社会党から追放。同じく除名されたビソラーティ(Leonida Bissolati、1857―1920)とともに改良主義社会党を結成した[2]。また第一次世界大戦に際しては三国協商側としての参戦を主張した。
ボノーミは1916年から1917年にかけて公共事業担当大臣を務め、1920年にはユーゴスラビアとの交渉のため国防大臣を務めた(ラパッロ条約)。1920年末には財務大臣に就任し、1921年には連立内閣で1回目の首相を務めた。しかし1922年初頭、ベニート・ムッソリーニ率いる国家ファシスタ党の反乱により連立政権は崩壊し、ルイージ・ファクタに首相の座を追われた。1922年10月にムッソリーニがローマ進軍によって権力を得ると、ボノーミは一旦は政界から退いた。政界から退いてからは著述活動に専念した[2]。
しかし、1940年にボノーミは反ファシズム運動に加わり、次第にその運動の指導者となっていった。1943年にムッソリーニが失脚するとバドリオ元帥が首相となって連合国への降伏交渉を行ったが、一方ではアドルフ・ヒトラーのドイツはイタリア北・中部を軍事占領し、ムッソリーニを首班とするイタリア社会共和国(RSI)を成立させ、イタリアは内戦状態に陥り、国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世とバドリオ政権はイタリア南部に逃亡した。この時、ボノーミは連合国側に立ちイタリア社会共和国とナチス・ドイツらファシズム勢力から母国奪還の指揮を執った。1944年6月9日に連合国軍がローマを回復したため国王とバドリオ首相は首都に帰還を果たすことができたが、ローマを見捨てて南部に逃亡したという経緯があったため、国民の支持を失ってしまった。そのため、バドリオはボノーミに首相の座を明け渡して政界から退いた。
1944年6月18日に、ボノーミは正式にイタリア王国首相に就任して、内務大臣や外務大臣などの要職も兼任した。1944年11月に首相を辞職しようとしたが、それは戦略的なポーズであったらしく、イギリスのウィンストン・チャーチルに続投するように促され、第二次世界大戦が終結する1945年まで首相を務めた。

戦後もイタリア政府の仕事を続け、条約により憲法制定委員会も務め、1946年まで外相会議にはイタリア代表として出席した。1948年には元老院議長に就任し、死ぬまで務めた。
1951年、ローマにて没した。77歳没。
脚注
出典
- ↑ Correct Italian pronunciations of the name Ivanoe are available in the Dizionario d'ortografia e di pronunzia online.
- 1 2 「ボノーミ」『日本大百科全書(ニッポニカ)』。https://kotobank.jp/word/%E3%83%9C%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9F。コトバンクより2022年2月12日閲覧。
ウィキメディア・コモンズには、イヴァノエ・ボノーミに関するカテゴリがあります。
関連項目
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 ジョヴァンニ・ジョリッティ |
1921年 – 1922年 |
次代 ルイージ・ファクタ |
1921年 – 1922年 | ||
| 先代 ピエトロ・バドリオ |
1944年 – 1945年 |
次代 フェルッチョ・パッリ |
| 先代 サルヴァトーレ・アルディーシオ |
イタリア王国内務大臣 1944年 – 1945年 |
次代 フェルッチョ・パッリ |
| 先代 ピエトロ・バドリオ |
イタリア王国外務大臣 1944年 |
次代 アルチーデ・デ・ガスペリ |
| 先代 ピエトロ・トマジ・デラ・トレッタ |
イタリア元老院議長 1948年 – 1951年 |
次代 エンリコ・デ・ニコラ |
| 王政 | カミッロ・カヴール1861 / ベッティーノ・リカーソリ1861-1862 / ウルバーノ・ラッタッツィ1862 / ルイージ・ファリーニ1862-1863 / マルコ・ミンゲッティ1863-1864 / アルフォンソ・マルモラ1864-1866 / ベッティーノ・リカーソリ1866-1867 / ウルバーノ・ラッタッツィ1867 / フェデリーコ・メナブレーア1867-1869 / ジョヴァンニ・ランツァ1869-1873 / マルコ・ミンゲッティ1873-1876 / アゴスティーノ・デプレーティス1876-1878 / ベネデット・カイローリ1878 / アゴスティーノ・デプレーティス1878-1879 / ベネデット・カイローリ1879-1881 / アゴスティーノ・デプレーティス1881-1887 / フランチェスコ・クリスピ1887-1891 / アントニオ・ルディニ1891-1892 / ジョヴァンニ・ジョリッティ1892-1893 / フランチェスコ・クリスピ1893-1896 / アントニオ・ルディニ1896-1898 / ルイージ・ペルー1898-1900 / ジュゼッペ・サラッコ1900-1901 / ジュゼッペ・ザナルデッリ1901-1903 / ジョヴァンニ・ジョリッティ1903-1905 / トンマーゾ・ティットーニ1905 / アレッサンドロ・フォルティス1905-1906 / シドニー・ソンニーノ1906 / ジョヴァンニ・ジョリッティ1906-1909 / シドニー・ソンニーノ1909-1910 / ルイージ・ルッツァッティ1910-1911 / ジョヴァンニ・ジョリッティ1911-1914 / アントニオ・サランドラ1914-1916 / パオロ・ボセッリ1916-1917 / ヴィットーリオ・エマヌエーレ・オルランド1917-1919 / フランチェスコ・ニッティ1919-1920 / ジョヴァンニ・ジョリッティ1920-1921 / イヴァノエ・ボノーミ1921-1922 / ルイージ・ファクタ1922 / ベニート・ムッソリーニ1922-1943 / ピエトロ・バドリオ1943-1944 / イヴァノエ・ボノーミ1944-1945 / フェルッチョ・パッリ1945 / アルチーデ・デ・ガスペリ1945-1946 |
|---|---|
| 共和政 | アルチーデ・デ・ガスペリ1946-1953 / ジュゼッペ・ペッラ1953-1954 / アミントレ・ファンファーニ1954 / マリオ・シェルバ1954-1955 / アントニオ・セーニ1955-1957 / アドネ・ツォーリ1957-1958 / アミントレ・ファンファーニ1958-1959 / アントニオ・セーニ1959-1960 / フェルナンド・タンブロニ1960 / アミントレ・ファンファーニ1960-1963 / ジョヴァンニ・レオーネ1963 / アルド・モーロ1963-1968 / ジョヴァンニ・レオーネ1968 / マリアーノ・ルモール1968-1970 / エミリオ・コロンボ1970-1972 / ジュリオ・アンドレオッティ1972-1973 / マリアーノ・ルモール1973-1974 / アルド・モーロ1974-1976 / ジュリオ・アンドレオッティ1976-1979 / フランチェスコ・コッシガ1979-1980 / アルナルド・フォルラーニ1980-1981 / ジョヴァンニ・スパドリーニ1981-1982 / アミントレ・ファンファーニ1982-1983 / ベッティーノ・クラクシ1983-1987 / アミントレ・ファンファーニ1987 / ジョヴァンニ・ゴリーア1987-1988 / チリアーコ・デ・ミータ1988-1989 / ジュリオ・アンドレオッティ1989-1992 / ジュリアーノ・アマート1992-1993 / カルロ・アツェリオ・チャンピ1993-1994 / シルヴィオ・ベルルスコーニ1994-1995 / ランベルト・ディーニ1995-1996 / ロマーノ・プローディ1996-1998 / マッシモ・ダレマ1998-2000 / ジュリアーノ・アマート2000-2001 / シルヴィオ・ベルルスコーニ2001-2006 / ロマーノ・プローディ2006-2008 / シルヴィオ・ベルルスコーニ2008-2011 / マリオ・モンティ2011-2013 / エンリコ・レッタ2013-2014 / マッテオ・レンツィ2014-2016 / パオロ・ジェンティローニ2016-2018 / ジュゼッペ・コンテ2018-2021 / マリオ・ドラギ2021-2022 / ジョルジャ・メローニ2022-現職 |
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