ウイ・テ・ランギオラ
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ウイ・テ・ランギオラまたはフイ・テ・ランギオラとは、ラロトンガ島出身の伝説上のポリネシアの航海者である。南極海まで航海したと主張されており、南極大陸まで発見したと主張される場合もある。
19世紀のニュージーランドの民族学者であるスティーブンソン・パーシー・スミスによるラロトンガ島の伝説の解釈によれば、ウイ・テ・ランギオラは南方に航海し、最終的に到達した場所を「タイ・ウカ・ア・ピア」(スミスはこれを「凍った海」の意味だと解釈した)と名付けたという。この場所では岩が海の外に飛び出ており、この場所は「靄がかかった霧深く暗い場所で、太陽を見ることはできなかった」という[1][2]。スミスはこの記述について、南極海の流氷や氷山を指しているものと解釈した。何故ならば、流氷はアロールートの粉のように見えるためである。ちなみに、スミスはポリネシアにアロールートの一種であるタシロイモが自生していることを指摘している[2]。この解釈により、他の歴史学者も、ウイ・テ・ランギオラこそが史上初めて南極大陸を発見した人物だと結論付けるようになった[2][3]。
しかし、ウイ・テ・ランギオラが南極海まで到達したとするスミスの解釈には疑問が持たれている[4]。アトール・アンダーソンらの研究によれば、伝説の原作では南極への航海についての記述は見られず、そのような記述が初めて見られるのはウイ・テ・ランギオラの子孫であるテ・アル・タンガ・ヌクによる言及であるという。テ・アル・タンガ・ヌクは、自分の先祖が海の上で見た素晴らしい光景を全て自分も見てみたいと考えていたという[5]。サー・ピーター・バックは、この伝説にはヨーロッパ的な要素が相当に混入しているため、正確な古代の伝説として認めることはできないと考えた[6]。ヨーロッパ人が入植する前のラロトンガ語には「氷」や「凍った」を意味する単語は存在しなかったため、「タイ・ウカ・ア・ピア」を「凍った海」と訳すのは単なる誤訳であり、その代わりに「タイ・ウカ・ア・ピア」は「アロールートのように見える泡で覆われた海」と翻訳されるべきであると考えられた[7]。ニュージーランドのマオリの部族であるンガイ・タフ族はこの伝説を歴史上の航海についての記述ではなく、神話的な起源をもつものであると考えている[8]。
それでも、ラロトンガ島での民間伝承は実際にあった出来事を反映しているという考え方も提案されている。この考え方では、ウイ・テ・ランギオラが到達したのは海底火山の噴火によって飛散し、海面に浮いて厚い層を形成していた軽石で覆われた海であったという。実際に、2012年にはケルマディック諸島近海の面積25,000 km2にわたる範囲の海面が60 cmもの厚さの明るく白い層で覆われており、その見た目が棚氷に似ていることが確認された[9]。

