ウラジスラバ・シモノバ

From Wikipedia, the free encyclopedia

誕生 (1999-03-23) 1999年3月23日(26歳)
ハルキウ, ウクライナ
市民権  ウクライナ
ジャンル 俳句
ウラジスラバ・シモノバ
ウラジスラバ、2023年にデビューした俳句集とともに
誕生 (1999-03-23) 1999年3月23日(26歳)
ハルキウ, ウクライナ
言語 ウクライナ語, ロシア語
市民権  ウクライナ
ジャンル 俳句
ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

ウラジスラバ・オレクシーイウナ・シモノバ (ウクライナ語: Владислава Олексіївна Сімонова 1999年3月23日 - )は、ウクライナ俳人であり、俳句の詩集の著者。もしくはウラディスラワ・シモノワかウラジスラワ・シモノワ。

ウラジスラバ・シモノバは1999年3月23日にハルキウで軍人と教師の家庭に生まれた。彼女は、バイオリンのクラスで芸術学校を卒業。学生時代から詩の執筆や写真撮影に興味を持っていた。

14歳で心臓病の為に入院した際に日本の詩が書かれた本を部屋で見つけ、それがきっかけで俳句を作り始めた。

18歳の時に秋田市で開催された国際俳句コンテストの学生部門で最優秀賞を受賞。

出版物

2019年から、秋田国際俳句ネットワークの雑誌『Serow』の数冊に掲載されている。

2023年より雑誌「あかり」(創刊者は 名取里美)に掲載中。

2025年7月、俳句雑誌『noi 』第3号の特別号「ウクライナ俳句交換日記」が刊行された。本号には、同名のNHK番組の文字起こし、ウラジスラバへのインタビュー、および彼女の俳句が収録されている。

書籍

ウラジスラバの俳句は、2023年7月に日本で発売された書籍『俳句が伝える戦時下のウクライナ: ウクライナの市民、7人へのインタビュー』に収録された。

俳句はロシア語とウクライナ語で詠むが、一行目は五音節、二行目は七音節、三行目は五音節と、日本の俳句定型を守るリズムを採用している[1]

ウクライナの在日ウクライナ大使館の支援を受けて、2023年8月には、黛まどかの指導のもと、初の俳句集『ウクライナ、地下壕から届いた俳句 : The Wings of a Butterfly』が集英社インターナショナルから出版された。

2024年4月には2冊目の俳句集『俳句 ウクライナから日本へ 297歩』が 歴史探訪社 から出版された。

その他の出版物

朝日新聞中日新聞共同通信日本経済新聞山陰中央新報、 など、さまざまな新聞やインターネットメディアに掲載された。

テレビ

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI