当初、現状維持を望む保守的なオリジナル・シックスのオーナーたちは拡張に抵抗していたが、テレビ局は新たな放映権契約を獲得するには拡張が必要だと伝えていた。リーグはメディア露出の増加が選手の年俸高騰を招く恐れがあったため、テレビ放映権を全面的に受け入れてはいなかったものの、オーナーたちは、西部のライバルリーグであるWHLが放映権契約を獲得し、NHLを大きく引き離すことを恐れていたため、最終的にNHLはCBSと契約を締結した。
アメリカン・フットボール・リーグが大きな成功を収め、アメリカ国民が新興リーグを好む傾向にあることが明らかになり、このことはNHLオーナーたちに地理的な拡大が成功するだろうという見通しを抱かせることになり、それは特に若い次世代のオーナーたちに支持された。[2]
1965年3月11日、NHLはリーグを12チームに拡大し、規模を倍増すると発表し、12の都市がすぐにNHLへの参加に関心を示した。中でもバンクーバーはリーグ加盟に熱心であったが、リーグ憲章では、拡張が最終的に承認されるためには理事の全会一致の賛成が必要であり、メープルリーフスのオーナーはバンクーバー中心部におけるNHL級のアリーナ建設の提案を断っていたため実現せず(1970年にバッファローとともに加入)、リーグは最終的にロサンゼルス、サンフランシスコのベイエリア、ミネソタ、ピッツバーグ、フィラデルフィア、セントルイスにフランチャイズを与えた。
1967年6月のNHL会議で新しいフランチャイズは正式にリーグに加盟した。各新加盟チームは、既存の6チームのいずれかに高額な拡張費用を支払い、その後エクスパンション・ドラフトが行われた。キングスはテリー・ソーチャック、フライヤーズはバーニー・ペアレント、ブルースはグレン・ホールといった高名なゴールテンダーが一巡目に選ばれた。拡張チームはドラフト前にはマイナーリーグのホッケーチームを買収することで選手を確保した。[3]
1967年の拡張によってWHLに対抗できる力を持ったNHLは、地域的で比較的知名度の低いプロリーグから、北米全土に影響を及ぼす足がかりを得て、後にバンクーバー・カナックスとバッファロー・セイバーズを加入させ、WHAが発足した際も翌年にニューヨーク・アイランダースとアトランタ・フレームスを加入させて、新興勢力をけん制し、リーグの安定化を図ることができた。