エジプト・ヒッタイト平和条約

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カルナック神殿のカシェ西側外壁に記された条約文

エジプト・ヒッタイト平和条約は、紀元前1269年[注釈 1]エジプト第19王朝ヒッタイトの間で調印された外交条約。銀の条約とも呼ばれる。

書面による明確な物証を伴った[2]最初の平和条約であり、紀元前1285年頃のカデシュの戦いから16年後に、エジプトのラムセス2世とヒッタイトのハットゥシリ3世の間で正式に結ばれた[3]エジプト文字と、楔形文字によるヒッタイト-アッカド語で記された条約の複製2通りが作成され、いずれも現存している。エジプト版は、和平を求めたのはヒッタイトの王であったと記されており、ヒッタイト版では、使者を送ってきたのはラムセス2世だったと書かれている点で相違が見られる。

脚注

参考資料

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