エジーディオ・ロムアルド・ドゥーニ
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ドゥーニはイタリア、マテーラに生まれた。彼に音楽教育を施したのは父のフランチェスコ・ドゥーニ(Francesco-)と2人の姉であった。彼は9歳の時にサンタ・マリア・ディ・ロレート音楽院(Conservatorio di Santa Maria di Loreto 現在のナポリ音楽院)に入学を許された。音楽院ではペルゴレージ、パイジエッロ、ヴィンチやその他のイタリアオペラの巨匠に学んでいる。
ドゥーニが最初に成功を収めたのは、1735年にローマの祭りで上演されたオペラ「Nerone」であった。その後ロンドンで1737年に「Demofoonte」を発表、イタリアに戻ってからは1749年にパルマの楽長(maestro di cappella)に就任した。
後年フランスに拠点を据えたドゥーニは、オペラ・コミックの前身となるComédie mêlée d'ariettesの発展に重要な役割を果たした。その過程で彼が発表した作品には「Le peintre amoureux de son modèle」(1757年、パリ)、「La fée Urgèle」(1765年、フォンテーヌブロー)、「L'école de la jeunesse」(1765年、パリ)などがある。
ドゥーニはパリに没した。