エッケ・ホモ (ルーベンス)
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| ロシア語: Христос в терновом венце 英語: Ecce Homo | |
| 作者 | ピーテル・パウル・ルーベンス |
|---|---|
| 製作年 | 1612年ごろ |
| 種類 | 板上に油彩 |
| 寸法 | 125.7 cm × 96.5 cm (49.5 in × 38.0 in) |
| 所蔵 | エルミタージュ美術館、サンクトペテルブルク |
『エッケ・ホモ』(露: Се человек、英: Ecce Homo)、または『茨の冠を着けるキリスト』(いばらのかんむりをつけるキリスト、露: Христос в терновом венце、英: Christ Wearing the Crown of Thorns)は、17世紀フランドル・バロック期の画家ピーテル・パウル・ルーベンスが1612年ごろ、板上に油彩で制作した絵画である。元来、マッシメーゴ枢機卿により委嘱された。作品は1922年に美術アカデミーから移されて以来、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されている[1]。なお、同美術館には、ピラトの人物像 (画面左側) の油彩習作『老人の頭部』も収蔵されている[2]。
本作の場面は、磔刑に処される前のイエス・キリストが群衆に晒される聖書の記述から採られている。『新約聖書』の「マタイによる福音書」 (27章11-31)、「マルコによる福音書」 (15章2-20)、「ルカによる福音書」 (23章3-25) 、「ヨハネによる福音書」 (18章33-19章16) によれば、イエスは謀反人として古代ローマ総督ピラトの前に引き出された[3]。当時、ユダヤは古代ローマの支配下にあり、正式な刑を下す権利はローマ人しか持ち合わせていなかったからである[3]。
ちょうどそのころ、牢の中にはバラバという殺人犯がいた。そこで群衆に対し、ピラトはイエスとバラバとどちらを釈放するべきか問いかけた。群衆の答えは「バラバを!」であった。彼らはユダヤのために立ち上がろうとしないイエスに嫌気がさしていたのである。ピラトは後ろめたい思いを抱きながら、イエスの処遇をユダヤ人たちに任せる。こうしてキリストの処刑が確定すると、総督の兵士たちは自身を王だといったイエスに茨の冠を被せて嘲笑した。ピラトは、イエスに対する処刑判決を下した時に「エッケ・ホモ」 (この人を見よ!) といった[1][3]。
作品


本作に見られるキリストを中心とした均衡ある構図、人体の完璧な解剖学的描写および彫刻的造形は、ルーベンスが古代とルネサンス美術を綿密に研究したことを示す。実際、キリストのポーズは、かつてローマのボルゲーゼ美術館にあった 古代彫刻『ボルゲーゼのケンタウロス』 (現在、パリのルーヴル美術館蔵) に影響を受けている[1]。一方、絵画の技法 (板上に油彩、白いチョークの下塗、エナメルのように滑らかな仕上げ) は、ルーベンスの生地フランドルの美術に負うものであることを示している[1]。なお、この絵画は、ルーベンスが1616-1617年に描いた『酔えるシレノス』 (アルテ・ピナコテーク、ミュンヘン) の対作品である可能性がある。
H・エヴァーズ (H. Evers) は、本作がルーベンスのジェノヴァ滞在時代に描かれたと主張している[4]。一方、カイザー (Keizer) は、作品が画家のアントウェルペン時代後期に描かれたと主張している。18世紀の終わりまでに、作品は、サンクトペテルブルクのアレクサンドル・ベズボロドコのコレクションにあった[5]。その後、コレクションは彼の義理の親族グリゴリー・クシェレフ=ベズボロドコ伯爵に受け継がれ、彼の死後の1862年にニコライ・クシェレフ=ベズボロドコ伯爵がコレクションを美術アカデミーに遺贈した。