エピロス王

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古代のエペイロス

エピロス王は、紀元前3世紀後半までエピロス(エペイロス)を統治していた王(バシレウス)である。

エペイロスの王朝はアイアコス朝であり、エペイロスのアイアコス家(アイアキダイ)はアイアコスの孫アキレウスの息子ネオプトレモスを祖とする[1]モロッシア族英語版の王家であった。しかし、この血統の主張は、より進んだ文明を持った南方のギリシア人から蛮族とみなされていたエペイロス人が自らをギリシアの名だたる英雄の子孫である純粋なギリシア人であると主張し、南方のギリシア人と繋がり、仲間入りするために作られたものであったと考えられている[2]

紀元前3世紀後半に最後の女王デイダメイア(2世)が殺害され、王族が全滅するとエペイロスは共和制に移行した。共和政エペイロスはローマに征服されるまで続いた。

名前 在位期間 継承 備考
ネオプトレモス ? 初代 伝説的な王、アキレウスの息子
モロッソス ? 息子 伝説的な王
アドメトス 紀元前5世紀 子孫 モロッシア王
タリュパス 前430年 - 前390年 親族 モロッシア王
アルケタス1世 前390年 - 前370年 息子 モロッシア王
ネオプトレモス1世 前370年 - 前357年 息子 モロッシア王、兄弟による共同統治、アレクサンドロス大王の母オリュンピアスの父
アリュバス 前370年 - 前343年 アルケタス1世の息子 モロッシア王、兄弟による共同統治
アレクサンドロス1世 前343年 - 前331年 甥、ネオプトレモス1世の息子
アイアキデス 前331年 - 前316年(1)

前313年(2)

いとこ、アリュッバスの息子 途中にマケドニアによる支配を受けた。
アルケタス2世 前313年 - 前307年 兄、アリュッバスの息子
ピュロス(1世) 前307年 - 前302年 甥、アイアキデスの息子
ネオプトレモス2世 前302年 - 前297年 はとこ、アレクサンドロス1世の息子
ピュロス(1世) 前297年 - 前272年 はとこ、復位 一時期マケドニア王を兼ねた。
アレクサンドロス2世 前272年 - 前255年 息子
ピュロス2世 前255年 - 前237年 息子
プトレマイオス 前237年 - 前234年 弟、アレクサンドロス2世の息子
ピュロス3世 前234年 息子
デイダメイア(2世) 前234年 - 前233/231年 いとこ、ピュロス2世の娘 最後の女王
共和制に移行

系図

参考文献

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