柳沼重剛
From Wikipedia, the free encyclopedia
1926年(大正15年)、東京生まれ。浦和高等学校(旧制)を卒業。大正生まれで在学中に学徒出陣で徴兵。最後の初年兵として兵役につき広島県八本松町(現:東広島市)に駐在、1945年8月6日の広島に原爆投下直後から終戦まで約10日間駐留、爆心地で救援に当たり二次被曝した。1949年、京都大学文学部を卒業、田中美知太郎や松平千秋の門下生であった。
1949~56年、都立九段高校で、英語教師として「英語」と「世界史」を担当しつつ、東京大学大学院で、高津春繁の指導を受けた。大学院修了後、立命館大学助教授・教授から東海大学教授を経て、筑波大学教授、大妻女子大学教授をつとめた。2008年、原爆症に起因する急性骨髄性白血病のため死去した。