エルモン
フランスの町
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エルモン (Ermont) は、フランス、イル=ド=フランス地域圏、ヴァル=ドワーズ県のコミューン。
| Ermont | |
|---|---|
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| 行政 | |
| 国 |
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| 地域圏 (Région) | イル=ド=フランス地域圏 |
| 県 (département) | ヴァル=ドワーズ県 |
| 郡 (arrondissement) | ポントワーズ郡 |
| 小郡 (canton) | エルモン小郡 |
| INSEEコード | 95219 |
| 郵便番号 | 95120 |
| 市長(任期) |
ユーグ・ポルテリ (2008年-2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Communauté d'agglomération Val-et-Forêt |
| 人口動態 | |
| 人口 |
27,670人 (2007年) |
| 人口密度 | 6651人/km2 |
| 住民の呼称 | Ermontois, Ermontoises |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯49度01分50秒 東経2度03分38秒 |
| 標高 |
最低:43m 最高:65m |
| 面積 | 4.16km2 |
| 公式サイト | http://www.ville-ermont.fr |
地理
モンモランシー谷の中心部に位置する。パリの北西約15マイルの地点にある。
歴史


エルモンという地名は、ガロ=ローマ時代の地名エルメドン (Ermedon) に由来する。
新石器時代にモンモランシー谷およびエルモンの地に人が定住したと考えられている。
ガロ=ローマ時代、ルテティアからリールボンヌへ向かうローマ街道(ユリウス・カエサル車道)に面して村はあったが、3世紀後半のゲルマン人侵攻で破壊されて4世紀に復興した後、メロヴィング朝時代の6世紀から7世紀にかけて繁栄した。9世紀、サン=ドニ修道院はErmedonisという村の存在を記している。そしてキリスト教の教会は、メロヴィング朝時代のネクロポリスの上に建てられていた。その後、村はオルモン (Ormont) となり、13世紀以降にエルモンとなった。
エルモンのセルネ地区はかつて聖ヨハネ騎士団のコマンドリー(騎士修道会の共同体)があった。これに依存するかたちでエルモンは成長していった。そのほかにも宗教的共同体が存在しており、最初は13世紀にやってきたテンプル騎士団、その後にサン=ヴィクトル=ド=パリ修道院、ルーアンのセレスタン修道会、ボワ=サン=ペール小修道院があった。しかし、村の人口は1471年に40人を越えていなかった。
教会の周りに人々が集まって暮らす農村は、1358年にジャックリーの乱で荒れ、百年戦争ではイングランドの遠征軍に侵略された。16世紀にフランスの小修道院長代表が、エルモン領主となった。1648年と1652年にはフロンドの乱で村は破壊された。
18世紀に野菜・穀物、林業が盛んになる以前、農業の中心はワイン用ブドウ栽培だった。
19世紀に鉄道が敷かれて重要な鉄道ジャンクションができたため、急速な都市化が始まった。ついに20世紀にはパリ郊外の都市となり、次第に都市化に押されて農地は消滅していった。エルモン=オーボンヌ駅、セルネー駅、エルモン=アルト駅、グロ・ノワイエ=サン・プリ駅の周辺は、無計画に作られた住宅地となっている。
交通
出身者
- イヴォンヌ・プランタン - 俳優