エーレスンド海峡
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名称
歴史
スウェーデン側のスコーネ地方を含め海峡両岸は歴史的にはデーン人の勢力範囲でデンマークに属した。海峡は北海からバルト海へのほぼ唯一の玄関口であり、1429年からは、デンマーク王エーリク7世によって海峡を通過する外国籍の船舶に対しての通行税が設けられた。1857年にエーレスンド海峡条約が結ばれて廃止されるまでの間、この税金収入はデンマークの王室財政を潤す一方で、スウェーデンなどの近隣諸国との関係悪化の一因ともなった。そのためスウェーデンは、1645年から1720年まで自由通行権を自力で得ていた。1658年のロスキレ条約によってスコーネ地方はスウェーデンの領有となった。海峡通行税徴収のために用いられたクロンボー城は、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の舞台としても名高い。
夏の観光地として人気が高い、2番目に大きいヴェン島は、16世紀の天文学者であるティコ・ブラーエがウラニボリ天文台とステルネボリ天文台を建設した事で知られる。
エーレスンド地域
エーレスンド・リンク

→詳細は「エーレスンド・リンク」を参照
2000年にコペンハーゲンとマルメ間のこの海峡にエーレスンド・リンク(橋と海底トンネルからなる複合体)を通る道路と鉄道が開通した。デンマーク側が海底トンネル、人工島ペベルホルム島をはさんでスウェーデン側が橋梁となっている。
