オクシモハギ
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| オクシモハギ | ||||||||||||||||||||||||||||||
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| 分類(APG III) | ||||||||||||||||||||||||||||||
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| 学名 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| Lespedeza davidii (Franch., 1883) | ||||||||||||||||||||||||||||||
| 和名 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| オクシモハギ |
オクシモハギ(置霜萩、学名: Lespedeza davidii)はマメ科ハギ属の落葉低木あるいは多年草。中国原産で中国南東域を中心に、華中・華南に広く分布する。
1868年に、フランスのカトリック神父で植物学者のアルマン・ダヴィドが中国滞在中に江西省九江市周辺の丘陵地で採取して、フランス国立自然史博物館へ送った標本を元に、アドリアン・ルネ・フランシェが1883年に新種として発表し、発見者のダヴィド(David)にちなんでDavidii(Davidの)と命名した[1][2]。
日本への導入は植物学者の前川文夫が戦争従軍中の1942年に、江西省の鄱陽湖の湖口近くの路傍で種子を採取し、東京の父親に郵送して自宅の庭に播種したのが初めてとされる。前川は初め、軍任務中に植物採集を許してくれた奥田曹長にちなんで「奥田萩」と名付けたが、後に、葉や茎に密生した立毛を白霜に見立てて「置霜萩」と改名し、知人・友人に苗や種子を頒布した[3][4]。
1999年には、帰化植物として日本に定着していることが確認され、各地の林道法面で見つかっているが[5][6]、緑化工事のために中国から輸入されるヤマハギなどの郷土種(当該地域に自生分布する種)の種子に混じって散布されている可能性が指摘されている[7][8]。