オートハローズ

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      オートハローズ ロゴ
本社所在地 日本の旗 日本
063-0061
札幌市西区西町北10丁目1番5号
設立 1980年8月6日
廃止 2012年4月1日
株式会社オートハローズ
AUTO HELLOES Co.,LTD.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
063-0061
札幌市西区西町北10丁目1番5号
設立 1980年8月6日
廃止 2012年4月1日
業種 小売業
代表者 澤田和良
資本金 16億7066万円(2000年3月31日現在)
決算期 3月31日(年1回)
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オートハローズ: AUTO HELLOES)は北海道を中心に展開していたカー用品店であった。

(この節の出典:[1][2]

オートバックスのフランチャイズから独立して北海道で創業したカー用品店で、寒冷地でのカーライフに合わせた商品展開を行っていた。

1971年10月、大成車輌を設立[3]。GTショップタイセイとして営業していた[4]

1970年3月にオートバックスの全国10号店目のフランチャイジーとして参加。年1店ペースで開店を続けた。

当時オートバックスセブンの本社があった大阪との気候相違による、本部の対応の遅れを解消するため、1980年7月に折半出資で北海道オートバックスセブンを設立、エリアフランチャイザーとなった[5]

1986年にフランチャイズ運営の対立が発端となり、裁判所から屋号・マーク使用の差し止めを受けたことでオートバックスから脱退することになり、北海道オートバックスセブンの全株式をタイセイ側が買い取り独立、同年5月に直営店16店でオートハローズとしてスタートした。この時のフランチャイズ店はオートバックス側に残った。

その後順調に業績を伸ばし、1997年7月には株式を店頭公開。しかし新車販売台数、自動車用品の落ち込みなどにより1997年7月の中間決算で赤字に転落した。通期では黒字になるとの予想も、結果的に1998年1月期は売上115億円、経常損失1億9500万円と赤字であった。

消費低迷、競争の激化、北海道経済の低迷に加え、メインバンクの北海道拓殖銀行、主幹事の山一証券の破綻などもあり、1998年9月に再びオートバックスセブンと資本・業務提携。その後、2002年には同社買収され、子会社となった。

2003年に株式会社エー・エム・シーに社名変更[6]2012年4月1日に株式会社オートバックス旭川と合併し、株式会社オートバックス北海道に社名変更[7][8]

オートバックスなど他ブランドへの転換が進み、2012年10月4日のオートハローズ紋別店のオートバックス紋別店への移転・業態変換を以てオートハローズのブランドは消滅した。

2017年2月1日、北海道の店舗経営体制を最適化し、エリア内の競争力を強化させ、経営の効率化を図るため、オートバックスセブンが当社の全株式を、オートバックスのフランチャイズである、北日本オート用品へ譲渡し子会社となった。10月には株式会社北日本オート用品に吸収合併され、株式会社北日本オートバックスに商号を変更[9][10][11]

沿革

(この節の出典:[2]

  • 1976年昭和51年)3月 - オートバックスのフランチャイジーとして参加。
  • 1980年(昭和55年)8月6日 - 北海道オートバックスセブン設立[12]
  • 1985年(昭和60年)5月 - オートバックスから脱退。
  • 1997年平成9年)7月 - 日本証券業協会に株式を店頭登録[12]
  • 1998年(平成10年)9月 - 株式会社オートバックスセブンと資本・業務提携[12]
  • 2002年(平成14年)
    • 9月 - 株式の店頭登録を廃止。
    • 10月 - 株式会社オートバックスセブンの100%子会社化。
  • 2003年(平成15年)株式会社エー・エム・シーに社名変更[6]
  • 2012年(平成24年)
    • 4月1日 - 株式会社オートバックス旭川と合併し、株式会社オートバックス北海道に社名変更[7][8]
    • 10月4日 - オートハローズ紋別店の閉店によりブランドが消滅。
  • 2017年
    • 2月1日 - オートバックスセブンが当社の全株式を、北日本オート用品へ譲渡し子会社となる[9][10]
    • 10月 - 株式会社北日本オート用品に吸収合併され、株式会社北日本オートバックスに商号を変更[11]

店舗

出典

外部リンク

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