オーナー (ラジオ番組)
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平日の午後に放送されていた複数の番組(長くても1時間前後)の放送枠を統合したうえで、軽音楽を随時流しながら、ニュース・情報・トークを5時間にわたって伝えていた生ワイド番組。TBSと同じ在京民放ラジオ局のニッポン放送が1964年3月から「オーディエンス・セグメンテーション」(対象の聴取者=オーディエンスを時間帯ごとに細かく絞り込んだ番組編成)を導入したことを受けて、TBSが「聴取者のセグメンテーション(細分化)は不可能」という立場から「ウェル・バランスト・プログラミング」(主要な聴取者以外の聴取者にも一定の配慮を施した番組編成)の方針を打ち出したことを背景に誕生した[2]。
司会者については、全6曜日を1名に任せることが困難だったため、芥川也寸志・小島正雄・三國一朗の3名が2曜日連続で担当[1]。「従来のディスクジョッキーや司会以上に個性がある」という意味で、日本の放送局が制作するラジオ番組としては初めて、アメリカ合衆国のラジオ業界から「パーソナリティー」(パーソナリティ)という呼称を導入した[1]。また、放送中に視聴者が電話を通じて番組へ参加できるように、専用の電話回線を15回線確保。番組開始3ヶ月後の1964年10月に開催された1964年東京オリンピックの期間中には、この回線とオペレーターによる電話応答システムが、競技速報のリアルタイム・テレフォン・サービスにも活用された[3]。
毎日放送・RKB毎日放送・山陽放送などのラジオ局では、一部の時間帯で同時ネットを実施していたが、時間帯はネット局や時期によって異なっていた。放送期間中の1965年5月2日には、TBSを基幹局として、上記のラジオ局を含めたネットワーク組織「Japan Radio Network」(JRN)が発足している。