カシ豆腐
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製法
以下は、高知県安芸市栃ノ木集落の、1981年の事例である[1]。
- 収穫したアラカシの実を筵に広げ、数日間乾燥させた上で杵で搗き、箕でふるい分けて殻を取る。
- 殻を取った胚乳部分を木綿袋に入れ、近隣の流水に漬け、2日間ほど水さらしする。
- 水さらし処理した胚乳を石臼で挽き、ペースト状にする。近年では電動ミキサーが用いられる。
- 直径70cm, 深さ30cmの平釜に液を流しいれ、弱火で20分ほど炊く。淡い黄褐色だった液は褐色になり、粘りも強くなる。
- 平箱に鍋の中の液を流し込み、20分ほどかけて冷やし固める。
原料のカシの種実2升 (3kg) から豆腐として24丁分ができあがる。販売する場合、客の注文に応じて100gあたり60円の割合で切り売りされる。食べる際は刺身のように7㎜程の厚さに切り、摺り胡麻入りの醤油か、米味噌、麦味噌、ニンニクを混合したタレで味わう[2]。
分布
歴史
日本列島においてドングリ類は縄文時代から食用とされ、稲作の到来後も救荒作物として活用されてきた長い歴史がある[5]。江戸時代初期においても、土佐藩主が手紙でドングリ類の作柄に言及するなど、食糧として重要な関心を向けられていた[6]。ドングリの食用にはアク抜きが必要であるが[5]、煮たり焼いたりする方法に比べて、カシ豆腐は「植物性でんぷんを水にさらし、アクを取り除いたあと、煮熱によって凝固させる」という、比較的手間のかかる食品である[6]。
朝鮮半島にはトトリムクという、ドングリでんぷんを加工した[5]、製法や形状のよく似た食品がある[7]。カシ豆腐についても朝鮮から伝わったものと語られ[8]、より具体的に、土佐国の戦国大名・長宗我部元親が朝鮮出兵の際に日本に連行した捕虜が伝えたものともいう[9]。朴好仁・元赫(のちに秋月長左衛門種信)親子の一族は土佐で豆腐の製造を行い、山内氏から製造販売の独占許可を与えられた[10][注釈 2]。本食品が「豆腐」の名を付して呼ばれることに、朝鮮人技術者が製造していた「豆腐」の形状との類似関係を推測する見方もある[7]。ただし、本食品についての文献的資料は乏しく、朝鮮人技術者と本食品が具体的にどのような関係にあったのかは「今となっては知るよすがもない」ものとなっている[7]。