カゼム

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カゼムアラビア語: كاظم أيس كريم; 英語: Kazem Ice Cream, カゼム・アイスクリーム; Kazem Ice Cafe[2], カゼム・アイス・カフェ)は、パレスチナガザ地区北部のガザ市1950年に開業した老舗のアイスクリーム・パーラーである[3]

開店 1950年
現オーナー モハマド・カゼム・アブ・シャバン[1]
概要 カゼム Kazem, レストラン情報 ...
カゼム
Kazem
レストラン情報
開店 1950年
現オーナー モハマド・カゼム・アブ・シャバン[1]
種類 アイスクリーム
パレスチナ国の旗 パレスチナ
ガザ市
座標 北緯31度30分48.7秒 東経34度25分35.1秒
他の場所 アラブ首長国連邦の旗アラブ首長国連邦アジュマーン
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ブーザトルコドンドゥルマのような歯ごたえのあるアイスクリーム)[3]ジェラートアイスクリームサンデー[2]はもちろんのこと、ガザ名物のかき氷状飲料である「バッラード」提供店のなかで一番名が知られていた。スラッシーのようなバッラードにはいくつかの風味があるが、ネオンイエロー色のレモン風味のものが一番有名で、レモンバナナエッセンス砂糖クラッシュドアイスなどの原料が使われ、飲料用の透明プラスチックカップに入れられて提供される。クラッシクなレモン風味以外にはトロピカル・マンゴやアロマティック・ストロベリー風味などがある。バッラード単独で提供されるほか、バッラードの上に違ったいくつかのフレーバーのブーザやジェラートが盛られる「コンボ」も人気が高い[1][2][3][4][5]。それ以外にもワッフルコーンや飲料のサフラブも人気だった[6]。カゼムでは自店舗での販売のみならず、道路脇で営業する屋台や、そのほかのアイスクリーム店などにもバッラードの材料を卸していた[7]

2007年に、1990年代から続いていた[8]イスラエルによるガザ封鎖が本格化すると、電気の供給が限定的となり[9][注釈 1]停電の間に在庫の氷菓が溶けてしまい売り物にならないことから氷菓を扱わないマーケットや商店が増加した。しかしカゼムは、ガザでは入手も運営コストも高価な発電機を使って停電をしのぎながらビジネスを続けていた[10]

それでも近隣に爆撃を受け、それに伴う店舗の破壊など、度重なる紛争のたびに一時閉店を余儀なくされていたが、紛争後には再営業を始めるため、カゼムは単なる飲食店を超えて、ガザの食文化と伝統そしてパレスチナ人のレジリエンスと希望を象徴するものとみなされるようになっていった[1][2][6]

このように70年以上に渡りガザでアイスクリームを提供してきたが、2023年のパレスチナ・イスラエル戦争の際は長期の一時閉店を余儀なくされた。2025年1月に一時停戦が始まると[11]、翌2月にソーラーパネルを使って事業を再開し、ガザの住民に安らぎと戦闘のない平和の喜びを提供した。しかし、半壊し瓦礫に覆われた店舗の復元、素材入手の困難さ、材料費の高騰、そして水の供給を受けることの困難さと衛生上の問題などから運営は困難を極め、一時停戦が崩壊し戦闘が再開[12]されたこともあり再度の閉店を余儀なくされた[5][6][13]

2025年9月、カゼムは事業を継続すべく、アラブ首長国連邦アジュマーン首長国の首都アジュマーンで、初のアラブ首長国連邦支店をオープンした[3][1][注釈 2]ドバイから約45キロ北に位置するアジュマーンを選んだのは確立されたパレスチナ人・ディアスポラのコミュニティがあるからだと、2023年の戦争で兄弟と姪を亡くしているオーナーのモハマド・カゼム・アブ・シャバンは説明した[1]。名物の「バッラード」も健在で、パレスチナの伝統文化を保存し、ガザのコミュニティの記憶を記録・継承するものとして地元客から歓迎を受けた。特に、ディアスポラ・コミュニティの客は、「30年、40年前にガザでこの味を楽しんだ頃に戻れた」、「失われた思い出がよみがえる」などと味を懐かしんだ[3][5][13]

関連項目

  • スムード英語版 - パレスチナ人の堅忍不抜の様子
  • バクダーシュ - 内戦によって営業がたびたび妨げられながらも伝統を継承し続けるシリアの老舗アイスクリーム(ブーザ)店

脚注

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