カリンガ国
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カリンガ国は、マガダ国と覇権を巡って争う大国であったが、ついにカリンガ戦争によってアショーカ王に征服され、マウリヤ朝に服属する。しかし、マウリヤ朝の支配力が弱体化すると再び独立し、チェーティ朝が成立した。
カリンガ国チェーティ朝のカーラヴェーラ王(オリヤー語 ଖାରେବଳ、サンスクリット語 खारवेल、Khāravela:紀元前209年?〜170年頃?)は、カリンガ国王としてもっとも著名な王であり、ジャイナ教徒で、インド東部へのジャイナ教の普及を積極的に図った。首都であったブヴァネーシュヴァルの碑文には、マガダ国のラージャグリハまでも攻撃し、インド・グリーク朝のデメトリオス2世は戦争を避けてマトゥラーまで退却している。この頃のカリンガ国は強大な海洋王国であり、スリランカやミャンマー、タイ、ベトナムなどの東南アジアと、海路による交易が盛んであった。スリランカ、ミャンマー、インドネシアには、カリンガ人の集住区も存在していた。マレーシアでは現在でも、インド人のことを「カリング」と呼ぶ。