カーシニゼーション

甲殻類がカニのボディプランに進化する現象 From Wikipedia, the free encyclopedia

カーシニゼーション: Carcinization,[2] Carcinisation, Brachyurization とも[3][注釈 1])またはカニ化とは、カニに似ていない形態の十脚目甲殻類がカニに似た形態に進化するという、収斂進化の一例である。カーシニゼーションした甲殻類はほとんどのカニ(短尾下目)と異尾下目の一部に見られる[1]

カニダマシ科カニに似ているが、カニよりコシオリエビヤドカリに近縁[1]

この概念は1916年に Lancelot Alexander Borradaile によって進化生物学に導入したものであり、「the many attempts of Nature to evolve a crab」(カニへ進化するための自然の多くの試みの一つ)と形容されている[2]

定義

カニの背面 (A) と腹面 (C, D)。背甲と胸部腹板は幅広く、平たい腹部が下に曲がって胸部腹板を覆い被さる。

カーシニゼーションが示す十脚類の範囲は、それを取り扱う文献によって異なる場合がある[3]。特に、その祖先形質に近いエビコシオリエビ(英語で「squat lobster」と総称される異尾類[注釈 2][4])との間には半カニ化などとも呼ばれる中間形態が存在し、これらは人の主観によって「カニらしい」ともされる。カーシニゼーションがもたらした「カニに似た形態」は進化分類学カニ/短尾下目という分類群)ではなく類型学的な概念であるため、特定の著名なカニ[注釈 3]を「典型的なカニの形」にしないよう、厳密に定義する必要がある[4]

原記載である Borradaile 1916 では、カーシニゼーションは次のように説明されていた:[2][4]

the phenomenon which may be called "carcinization" … consists essentially in a reduction of the abdomen of a macrurous crustacean, together with a depression and broadening of its cephalothorax, so that the animal assumes the general habit of body of a crab.(訳: "カーシニゼーション"と呼べる現象 … 長尾類(エビ類)の甲殻類の腹部が縮小し、同時に頭胸部が平たく幅広くなったの結果、カニの一般的な形態をとる。)

Keiler et al. 2017 では、カーシニゼーションは以下の基準で定義されている:[4]

  1. 背甲 (carapace) は横幅に比べて平らで、外縁部を持つ。
  2. 胸部腹板 (sternite) は広い1枚板状 (thoracic sternum, plastron) へと融合し、後方中央の縁は陥入する。
  3. 腹部は扁平で強く腹面に曲がり、背側から見て腹部第4節の背板 (tergite) は完全に隠され、胸部腹板を部分的にあるいは完全に覆う。

Wolfe et al. 2021 では、以下5つの形質がカーシニゼーションの一般的な特徴として列挙されるが、そのうちの (1) と (2) さえ満たせばカニ化した十脚類として認められる[1]。特記しない限り、本項目はこの定義を元にカーシニゼーションについて述べる。

  1. 背甲は扁平または幅広く(少なくとも左右が前後より幅広い)、往々にして外縁部を持つ。
  2. 胸部腹板は広い1枚板状へと融合する。
  3. 腹部は平たくなり腹面に折り曲がり、背側から隠され、胸部腹板を部分的にあるいは完全に覆う。
  4. 尾肢 (uropod) は退化または消失する。
  5. 腹部の神経節が融合して筋肉が退化する。

様々なエビ類(側系統群

Meiura (B)
短尾下目 / カニ (A)
(C)

カイカムリ上科

ホモラ上科

(D)
(×A)

カリキマエラ

(×A, ×B)

アサヒガニ科

マメヘイケガニ群

真短尾群(C)

様々なカニ(側系統群)

(×A)

ヒゲガニ科

異尾下目
コシオリエビ上科
(A, C)

カニダマシ科

シンカイコシオリエビ科など

クモエビ科など

(A, C, D)

Lomis hirta

(×B)

スナホリガニ上科

オカヤドカリ科

ホンヤドカリ科

様々なヤドカリ(側系統群)

(A, B)

Patagurus rex

(A, B, C, D)

タラバガニ科

十脚類におけるカニ化と脱カニ化[5][4]。カニ化した例は太字、青線はコシオリエビ、赤線はヤドカリを示す。

A:背甲が平たく幅広くなる
B:胸部腹板が融合し幅広くなる
C:腹部が平たくなり折り曲がる
D:尾肢退化/消失
×:該当形質の喪失/逆転(脱カニ化)

イソカニダマシの腹面。下に折り曲げた平たい腹部をもつが、先端の尾肢は退化していない。
Cryptolithodes sitchensisタラバガニ科)の腹面。三角形の平たい腹部に尾肢がない。

カーシニゼーションはカニ異尾類、すなわち Meiura に属する十脚目甲殻類にのみ起きている。その最も近い共通祖先はおそらくカニ化していないものの、胸部腹板は既に融合して幅広くなったと考えられる。その中でカーシニゼーションは少なくとも5回(カニ1回、異尾類4回)は独立に起こったと考えられ、該当する例は次の通りに挙げられる(背甲と胸部腹板はどれもカニ化の定義を満たしているため、以下は腹部と尾肢の特徴のみ解説する)[1]

  • カニ / 短尾下目:腹部はカイカムリ類と真短尾類でそれぞれ独自に平たく折り曲がるように進化したとされ、尾肢は真短尾類にのみ退化消失する[1]ジュラ紀前期から出現するが、基盤的な化石種はカニ化を遂げていないとされ[6]、内部系統にも脱カニ化した例がいくつかある(後述)[5]
  • カニダマシ科[7][8]コシオリエビ上科の異尾類。腹部は平たく折り曲がるが、尾肢は退化していない[1]新生代後期から出現。
  • Lomis hirta[9]クモエビ科などに近い1科1属1種の異尾類。カニダマシ科と同様、腹部は平たく折り曲がるが、尾肢は退化していない[1]
  • Patagurus rex:物を背負うヤドカリの中で唯一カニ化した種。腹部は短縮しているが腹面に曲げておらず、二枚貝貝殻を背負うことで保護される。尾肢は退化していない[10]
  • タラバガニ科:真短尾類と並んで完全なカニ化を遂げた異尾類。腹部は平たく折り曲がり、尾肢も退化消失している[1]。ヤドカリの内部系統から派生したと考えられる[11][12][13]新生代後期から出現[14]

ハイパーカーシニゼーション(超カニ化)

上記のカニ化に満たせる形質に加えて、「オスの腹部がメスより幅狭くなる」というカニと同様な性的二形まで獲得した異尾類のこと。カニダマシ科Allopetrolisthes spinifrons において見られる[15]

選択圧とメリット

アカテガニの横歩き

カーシニゼーションの主なメリットは底生性の生態における防御力と機動性にあると考えられる。腹部を体の下に折り畳むことで天敵に襲われやすい箇所を減らし、固い頭胸部と合わせて高い防御力を得られる。そしてカニ化した体制はエビ型の体制より低重心で、腹部の干渉もないため後ろの歩脚の可動域もより幅広くなり、歩行の機動性や石などの隙間に身を潜む能力(天敵を回避する能力)が向上している。特に真短尾類の場合、これは素早い横歩きにまで進化している[4][1]

Caridoid escape reaction

腹部の筋肉が退化するため、カニ化の代償としてエビやコシオリエビのような腹部を用いた素早い後退逃避行動 (caridoid escape reaction) はできなくなるが、隙間で身を隠れる生態により、その能力は必要なくなったと考えられる[9]

タラバガニ科は系統的にヤドカリが貝殻を背負う習性を捨ててカニ化したものであるが、それに至る原因は不明確で、殻よりも石裏などの隠れ場所の方が好ましい環境、または背負える巻貝が不足している環境がそのカニ化を促進した推測される[1]

反例・類似例など

カーシニゼーションと対になる概念として「Decarcinization(脱カニ化)」「Uncarcinized(未カニ化)」「Semi-carcinized(半カニ化)」などがある[4]。ただしこれらには中間形態が多く、系統関係の仮説(祖先形質派生形質か)により解釈が変わったり重複したりするため、厳密な判断と区分は難しい[1]

Decarcinization / Decarcinisation(脱カニ化)

アサヒガニ科の1種の腹面。細長い体型と幅狭い胸部腹板を示す。

カーシニゼーションとは逆で、一度獲得したカニらしき性質を失う収斂進化を指す。部分的に失うものも含めて、異尾類カニの系統内に少なくとも7回起きていると考えられる[1]

主な特徴として背甲は前後に細長い・腹部があまり平たくない/強く湾曲しない・脚の先端数節が平たく特化しているなどがある[1]。これらの性質は砂や堆積物に潜る生態 (fossorial) や水中の遊泳において有利であり、そのニッチへの進出が脱カニ化を促進する一因として考えられる[5][16]

カニの例としてカリキマエラ (Callichimaera)、アサヒガニ科ヒゲガニ科が挙げられており、カニ化した祖先からそれぞれ独自に脱カニ化したと考えられる[5]。異尾類は祖先的に未カニ化であるもののコシオリエビで見られる幅広い胸部腹板をもつが、これはスナホリガニ上科ヤドカリ最も近い共通祖先で一度失った(タラバガニ科Patagurus rex で再獲得した)と考えられる[1]。中でもスナホリガニ上科はアサヒガニ科と似た形態と生態に収斂進化している[5]

その他

エオカーシヌスは未カニ化の原始的なカニと考えられる。
  • Uncarcinized(未カニ化):カニらしくないという点では上記の脱カニ化と似ており、重複する分類群もあるが、こちらは元からカニ化を遂げていない十脚類を指して称する。エビ類(アナジャコ科など)、コシオリエビ、およびエオカーシヌス (Eocarcinus) などの基盤的な化石カニ類[6]が該当する。スナホリガニ上科は前述の通り、未カニ化のまま脱カニ化したとされる[1]
  • Semi-carcinized / Half-carcinized(半カニ化):上記のカーシニゼーションの定義を部分的のみ満たしている例。種類によっては未カニ化と脱カニ化のいずれかに該当する。未カニ化の例として、オカヤドカリ科ヤシガニは腹部が強く腹面に曲がるが、腹部自体は分厚く、胸部腹板は小さくて融合しておらず、背甲の前半も外縁部がない。コシオリエビは腹部を折り畳み、胸部腹板も融合し幅広くなるが、腹部自体は分厚く、背甲も縦長い柱状である[7][9][4][1]
  • Lobster-like morphotypeザリガニ下目イセエビ下目・コシオリエビなど英語において便宜上「lobster(ロブスター)」と総称される十脚類の形態のこと。特徴として腹部の断面が上下より左右に幅広い・腹部が高い可動域をもつ(真っ直ぐ伸ばせる、下に折り畳める)・尾扇が左右に幅広い、などが挙げられる。十脚類のみならず、同じ軟甲綱シャコ類等脚類もこの形態を獲得しているが、これは十脚類においては典型的なエビ型 (shrimp-like morphotype, 腹部の断面が左右に狭い・腹部が真っ直ぐに伸ばせない・尾扇が細い) が半カニ化・カニ化に至るまでの中間形態でもある[17]
  • 絶滅した節足動物の分類群 Cyclida 目もカニに似ていると指摘されており、おそらく同じような生態を持っていたとされる[18][19]

インターネットでの流行とその影響

「カーシニゼーション」は2019年頃より英語圏でインターネットミームとして話題になり、主な内容としては「あらゆるものはやがてカニに進化する」(everything will eventually evolve into a crab) などと思弁進化的に誇張されたものである。このミームの影響でカーシニゼーションや収斂進化に関する知識が曲解され、「甲殻類はカニに進化したがる」「カニ型は最も優れたボディプラン」といった不正確な情報が広められる問題があることも指摘されている。実際、カニ化は条件が限定的である上で必ずしも優れたわけではなく、系統的に甲殻類の一握り (Meiura の十脚類のみ) にしか起きていないことや、その逆である「脱カニ化」も複数回に収斂進化したことがその実情を示している[16]

関連項目

脚注

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