カーティス島移住計画

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カーティス島

20世紀半ば以降、リン鉱石採掘によって国土が荒廃したナウルにおいて、1963年に考えられた住民の集団移住の一連の構想である。主にオーストラリアイギリスニュージーランドの3国が関与し、1960年代にクイーンズランド州カーティス島移住案が提示されたが、ナウル側の拒否により実現しなかった。その後、2000年代に再び移住案が取り上げられたが、同様に頓挫した。

リン鉱石の発見

採掘の様子

太平洋に浮かぶ島であるナウル島はのサンゴ礁の上に何百万年もの間にわたってアホウドリといった海鳥のフンが堆積してできた島であり、その一部が長い時間をかけてリン鉱石に変化した。1899年ニュージーランド地質学者がリン鉱石の鉱床を発見する[1][2]。当時ナウル島を植民地支配していたドイツはイギリス資本の「太平洋リン鉱会社(Pacific Phosphate Compamy)」に採掘権を与え、1906年から採掘が開始された[2]

20世紀前半での採掘

第一次世界大戦後、ナウル島はイギリス・オーストラリア・ニュージーランドの3国による国連委任統治領となり採掘が行われた。第二次世界大戦中ナウル島は一時的に日本の占領下におかれた。終戦後には再度、前述の3か国による統治が行われ採掘が行われていた。1960年初頭には年間の採掘量が100万㎏近くになっていた[1]

移住計画の歴史

移住計画の構想

脚注

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