ガイ・フォークス・マスク
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ガイ・フォークス・マスク (Guy Fawkes mask) は、火薬陰謀事件の加担者として有名なガイ・フォークスの顔を様式化した仮面。この事件は1605年11月5日にロンドンの国会議事堂を爆破してカトリックの国家元首を復活させようとするものだった。この滑稽な仮面は、古くからガイ・フォークス・ナイトの祭典の一部となっている。
「ガイ・フォークスの仮面」自体は少なくとも18世紀まで遡るものだが、現在世界的にポピュラーとなった、微笑と紅い頬を誇張し両端が跳ね上がった口髭と細く垂直に尖ったあごひげを生やした様式は、20世紀末にイラストレーターのデヴィッド・ロイドがデザインしたもので、1982年に漫画『Vフォー・ヴェンデッタ』で、またその2005年の映画化で、プロットの重要アイテムとして使われた。21世紀以降、この仮面はハッカー集団アノニマスの有名なシンボルとなり、プロジェクト・チャノロジー、オキュパイ運動、その他の反政府・反エスタブリッシュ運動において、社会的な抗議運動の象徴として世界中で使われている。


1605年の火薬陰謀事件は、毎年その日になると不人気の人形を燃やすことで早い時期から偲ばれるようになった。18世紀末になると、子供たちがガイ・フォークスのグロテスクな仮面をつけては金をせびるという記録が現われ[1]、11月5日は次第にガイ・フォークス・ナイトとして知られるようになっていったが、現在はボンファイア・ナイト(大篝火の夜)という名が好まれている[2]。1864年にロバート・チェンバースが発刊した『チェンバース・ブック・オブ・デイズ』(日ごとの行事などを記したカレンダー本)によると[3]、
イングランドの至るところで行なわれる行事に、かかしに衣装を着せ、ガイ・フォークスを表わすものとして用意できる品(一般に紙で作られたかぶりもので、色が塗られ、リボンを模した紙片が結ばれている)を着け、そのかかしを椅子に据えて路上をパレードし、夜になると巨大な篝火でそれを厳かに燃やすというものがある。…
1847年に医学誌の『ランセット』は「恐怖による死の症例報告」という論文を載せたが、その論文におけるある2歳児の死因は、赤いガイ・フォークス・マスクを着けた少年を見たことによる恐怖とされた[4]。
20世紀のロシアでは、秋になると安価なボール紙製・紙製のガイ・フォークス・マスクが子供向けに大量に売られ、あるいは漫画雑誌の付録につけられた[5][6]。しかし1980年代になると、ガイ・フォークス・ナイトはハロウィンに取って代わられ、その仮面は流行らなくなった[7]。
1958年の西オーストラリア州議会における刑法修正法案の審議において、ボンファイア・ナイトにガイ・フォークス・マスクを着けることは、(厳密には違法である)夜間の仮面着用に関して、無害で許容可能な例外のひとつとして言及されたことがある[8]。当時の警察大臣だったJ・J・ブレイディは、「かつてガイ・フォークス・ナイトに仮面を着けるのは伝統行事でした。なので今夜誰かがガイ・フォークス・マスクを着けていたら、警察大臣である私は、その人を正しく大目に見るでしょう」と述べた[8]。
漫画シリーズの『Vフォー・ヴェンデッタ』は1982年から始まり、未来のディストピア化したイギリスの専制的政府を転覆させようとする自警団員の奮闘に焦点を当てている。主人公はガイ・フォークス・マスクを着け、2005年に公開された映画のクライマックスでは、何千人という抗議活動の参加者が同じ身なりになってウェストミンスター宮殿へ行進してゆく[9]。
ストーリーを考えるにあたり、イラストレーターのデヴィッド・ロイドは次のように手書きのメモを書いている。「なぜ我々はガイ・フォークスを生身の姿でなく、紙粘土の仮面、ケープ、円錐形の帽子の姿にするのだろうか。その姿はとても奇妙で、彼はずっとそれに値するのだというイメージをガイ・フォークスに植え付けるものだろう。我々は11月5日の度にあいつを燃やすのでなく、議事堂を吹き飛ばそうとした彼の試みを賞賛すべきだ!」 原作者のアラン・ムーアはロイドのアイデアによって、「頭の中の様々な断片の全てが突然に氷解し、ガイ・フォークス・マスクという一つのイメージの背後で一体になった」と述べ[10]、「ガイ・フォークス・マスクがイギリスの図像学史からはどうも排除されているらしいという、まさにその点において、我々はこの仮面を取り上げるべきだったというのは実に興味深い」とも記している[11]。



