ガガイ
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生涯
ガガイは建州女真の首長ヌルハチが勢力を拡大していた初期に帰順し、当初は鑲黄旗に属した。ヌルハチから「理事十大臣」の称号を授けられ、その地位は五大臣に次ぐものであった。女真諸部の征討において軍功を立てた。1599年、ヌルハチはガガイと学者エルデニに満洲文字の創製を命じた。当時、女真諸部では長らくモンゴル語が書記言語として用いられていたため、二人は当初この任務に困難を感じていた。しかしヌルハチの命を受け、モンゴル文字を基にして女真語を表記する文字体系を考案し、これが後に「無圏点満文」と呼ばれる最初の満洲文字となった[2]。
同年秋、ガガイはフュンドンとともに2,000の兵を率いてハダに駐屯し、国主メンゲブルがイェヘの侵攻を防ぐのを支援した。しかし、モンゲブルはイェヘ側の利益供与に動かされ、逆にガガイらを捕らえようとしたため、ヌルハチは軍を派遣してメンゲブルを拘束した。その後まもなく、メンゲブルがヌルハチ暗殺を企てたが、ガガイはこれを速やかに告発しなかった責任を問われ、モンゲブルとともに処刑された[2]。
長男のウシャンは、父ガガイの功績により佐領の職を授けられた。後に ホンタイジの時代には「十六大臣」の一人となり、工部尚書を歴任した。また軍功により軽車都尉の世襲爵位を授けられた。三男のブシャンは、ホンタイジの時代に護軍統領および議政大臣を務め、軍功によって騎都尉の世襲爵位を授けられた[3]。
