ガマリエル・ディアス
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1998年5月19日、プロデビュー(判定負け)。
2003年8月23日、アルマンド・エルナンデスとFECARBOXフェザー級王座決定戦を行うも、3回負傷判定で引き分けに終わり、王座獲得に失敗した。
2004年2月21日、FECARBOXフェザー級王者のイスマエル・ゴンザレスとFECARBOX同級タイトルマッチを行い、12回大差判定勝ちを収め王座獲得に成功。以後3度防衛した。
2005年12月2日、アメリカデビュー。カリフォルニア州キングス郡リムーアのタチパレスホテル&カジノにてNABF北米フェザー級王者ロバート・ゲレーロとNABF北米同級タイトルマッチを行い、無敗の王者のテクニックに苦労するも、攻めきって2-1の僅差判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
2006年6月23日、オークランドにあるオークランド・アリーナにて、ロバート・ゲレーロとリマッチとなるNABF北米フェザー級王座の初防衛戦を行うも、6回ダウンを奪われそのままカウントアウトし王座から陥落して。
2007年7月13日、エリオ・ロハス(ドミニカ共和国)とWBC世界フェザー級挑戦者決定戦を行い、前半で多くのポイントを稼ぎ、2-1の僅差判定勝ちを収め王者のホルヘ・リナレスへの挑戦権を獲得した。
2007年12月15日、キンタナ・ロー州カンクンのプラザ・デ・トロスにてWBC世界フェザー級王者のホルヘ・リナレスとWBC世界同級タイトルマッチを行うも、8回KO負けを喫し王座獲得に失敗した。試合後、減量苦を理由にスーパーフェザー級に転向。
2008年10月11日、ウンベルト・ソトとWBC世界スーパーフェザー級暫定王座決定戦を行うも、TKO負けを喫し王座獲得に失敗した。
2009年2月2日、南アフリカ共和国ハウテン州ケンプトン・パークのエンペラーズ・パレスでIBO世界スーパーフェザー級王者ゾラニ・マラリとIBO世界同級タイトルマッチを行うも、12回判定負けを。
2009年6月13日、アリリオ・リベロとWBCアメリカ大陸スーパーフェザー級暫定王座決定戦を行い、5回に2度ダウンを奪い、最後はレフェリーストップを呼び込みTKO勝ちを収め王座獲得に成功した。
2010年1月23日、CABOFEスーパーフェザー級王者ホルヘ・ペレスとCABOFE同級タイトルマッチを行い、大差判定勝ちで王座を獲得した。同王座は8度防衛した。
2012年10月27日、東京国際フォーラムにて、帝拳所属のWBC世界スーパーフェザー級王者粟生隆寛とWBC世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0の判定勝ちで王座を獲得した[1]。
2013年4月8日、東京・両国国技館でWBC世界スーパーフェザー級10位の三浦隆司とWBC世界同級タイトルマッチを行うも、3回、6回、7回に1回ずつダウンを奪われ9回には強烈な左ストレートを喰らい4度目のダウンを奪われた所でレフェリーがカウントせずに試合を止め9回1分21秒TKO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[2]。
2013年8月10日、メキシコシティのアウディトリオ・プラザ・コンデッサにてWBCアメリカ大陸スーパーフェザー級王者ダンテ・ハルドンとWBCアメリカ大陸同級タイトルマッチを行い、4回にダウンを奪われたものの6回にダウンを奪い返す打撃戦になり、ハルドンは6回に偶然のバッティングで減点され、それに続きディアスも7回にローブローで減点されるなど打撃戦と並んでラフな戦いになった。8回にダウンを奪われるとレフェリーがカウントを途中で止めて試合終了。8回52秒KO負けを喫し王座獲得と再起に失敗した。
2014年9月13日、マンチェスターのフォンズ4uアリーナ・マンチェスターでWBOインターコンチネンタルライト級王者アンソニー・クローラとWBOインターコンチネンタル同級タイトルマッチを行うも、偶然のバッティングによりカットしたディアスの右目の上の傷が深く試合続行が不可能と判断され3回終了時負傷判定で引き分けた為、王座獲得に失敗した。
2015年4月3日、カリフォルニア州コロナでNABA北米ライト級王者のピーター・ペトロフとNABA北米同級タイトルマッチおよびNABO北米同級王座決定戦を行うも、10回0-3(90-97×2、89-98)の判定負けを喫し両王座獲得に失敗した[3]。
2015年8月1日、ラツィオ州フィウミチーノでエミリアノ・マルシーリとWBC世界ライト級シルバー王座決定戦を行うも、0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。
2015年11月28日、仙台市のゼビオアリーナ仙台で粟生隆寛との3年ぶりの再戦となるライト級10回戦を行う予定だったが、粟生の負傷で欠場が決まった[4]。
2018年3月1日、両国国技館で行われた「ワールドプレミアムボクシング27~THE REAL」で粟生隆寛と5年5ヶ月ぶりの再戦となる62.0kg契約8回戦を行うも、8回0-3(76-77、74-77、74-79)の判定負けを喫し雪辱を許した[5]。