キタアカリ
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歴史
1972年、北海道虻田郡真狩村で、日本初となるジャガイモシストセンチュウ(以下、Gr)の発生が確認された[1]。この影響から1970年代前半は、日本国内におけるジャガイモの生産量が減ったため、年間消費量も最低となった時期である[1]。その一方で、1970年に開催された大阪万博のレストランでフライドポテトが人気を博したようにジャガイモを油で揚げる用途が日本国内に生まれ、加工食品向けを含め、日本国内でのジャガイモの需要、消費量は拡大して行くことになる[1]。
1972年以降、Gr対抗性を持たせるための品種改良が取り組まれることになり、主にヨーロッパからGr対抗性品種の導入を行った[1]。
北海道農業試験場(現・農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター)において1975年に男爵薯を母に、旧東ドイツのGr抵抗性品種であるTunikaを父として交配した日本初の生食用Gr抵抗性品種は、1987年に農林水産省に認定されキタアカリと名付けられることになる[1][3]。
通常、現地試験は2年から3年で可否を決するが、キタアカリの現地試験には5年が供されている[1]。これには、当初は早生のでん粉原料用として評価を進めていたのだが、既存品種と比べて優位性が見いだせなかったものの、後志地方における現地試験において食味が優れていることが高く評価されたため、再評価として試験が継続されたためである[1]。
品種登録当初、キタアカリは皮色が目の部分だけ赤く、肉は黄色で、当時の主要品種である男爵薯との外観の違いから、青果市場や消費者に受容されるかとの議論もあったが、逆に一目で分かる区別性から品種名を明記した販売が行われ、食味の良さやビタミンC含有量の高さが消費者に知られると共に人気商品になっていった[1]。
2000年には、Gr抵抗性品種の中で栽培面積が1000ヘクタールを越えた初めての品種となり、その後も栽培面積は増加を続け、2015年には日本全国で3928ヘクタールの作付け面積となり、北海道以外の日本全国で栽培されるようになっている[1]。