クリスティアン1世 (ザクセン選帝侯)

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ザクセン選帝侯アウグストと妃でデンマークノルウェークリスチャン3世の王女アンナの間に第8子としてドレスデンで生まれた。

1586年に父が歿すると、兄が全て早世していたため[1]選帝侯位に即いた。

クリスティアン1世は自らの教師であったニコラウス・クレルNikolaus Krell)を宰相に任じたが、ザクセンはルター派が主流であったが彼はカルヴァン派であったこと、ザクセンの従来の外交政策を変更してポーランドジグムント3世フランスアンリ4世寄りの政策を採ったことなどから保守派の反発を買い、クレルはクリスティアン1世の歿後投獄・処刑された[2]

1591年に妃ゾフィーは、夫へのクリスマスの贈り物として12着の鎧を作らせた[3]。それらの多くは現存している[3]

1591年9月25日、ドレスデンで死去し、長男のクリスティアン2世が選帝侯位を嗣いだ。遺体はフライベルク大聖堂に葬られた。

子女

脚注

参考文献

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