クリス・ペレス (野球)
アメリカの野球選手 (1985 - )
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クリストファー・ラルフ・ペレス(Christopher Ralph Perez, 1985年7月1日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州ブレイデントン出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
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クリーブランド・インディアンス時代 (2009年8月30日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | フロリダ州ブレイデントン |
| 生年月日 | 1985年7月1日(40歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193 cm 230 lb =約104.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2006年 ドラフト1巡目追補(全体42位)でセントルイス・カージナルスから指名 |
| 初出場 | 2008年5月16日 タンパベイ・レイズ戦 |
| 最終出場 | 2014年9月21日 シカゴ・カブス戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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経歴
カージナルス時代

(2008年9月3日)
2006年のMLBドラフトでセントルイス・カージナルスから1巡目追補(全体42位)指名をされ、6月28日に契約。A級スイング・オブ・クァッドシティズで25試合に登板し、2勝0敗12セーブ、防御率1.84だった。
2007年はAA級スプリングフィールド・カージナルスで39試合に登板し、2勝0敗27セーブ、防御率2.43だった。7月にAAA級メンフィス・レッドバーズへ昇格。15試合に登板し、0勝1敗8セーブ、防御率4.50だった。
2008年はAAA級メンフィスで開幕を迎え、5月16日にジェイソン・イズリングハウゼンが故障者リスト入りしたため、カージナルスとメジャー契約を結んだ[1]。同日のタンパベイ・レイズ戦でメジャーデビュー。3点ビハインドの7回表から登板し、1回を無安打無失点1奪三振に抑えた[2]。リリーフとして23試合に登板していたが、防御率4.18と結果を残せず、7月18日にランディ・フローレスが故障者リストから復帰したため、AAA級メンフィスへ降格した。8月6日に再昇格[3]。この年は41試合に登板し、3勝3敗7セーブ、防御率3.46だった。
2009年2月28日にカージナルスと1年契約に合意[4]。3月30日にAAA級メンフィスへ異動され[5]、開幕を迎えた。AAA級メンフィスでは3試合に登板。1勝0敗2セーブ、防御率0.00と好投し、4月15日にクリス・カーペンターが故障者リスト入りしたため、メジャーへ昇格[6]。29試合に登板し、1勝1敗1セーブ、防御率4.18だった。
インディアンス時代
2009年6月27日にマーク・デローサとのトレードで、ジェス・トッドと共にクリーブランド・インディアンスへ移籍した[7]。移籍後は32試合に登板し、0勝1敗1セーブ・防御率4.32だった。
2010年はケリー・ウッドが故障で開幕から離脱したため、クローザーに抜擢。5月にウッドが復帰したため、セットアッパーに異動したが、7月31日にウッドが移籍したため、8月から再びクローザーに戻った。この年は63試合に登板し、2勝2敗23セーブ・防御率1.71だった。
2011年1月18日にインディアンスと222万5000ドルの1年契約に合意[8][9]。前半戦は36試合に登板し、21セーブ、防御率2.43と結果を残し、7月には自身初のオールスターゲームに選出された[10]。この年は64試合に登板し、4勝7敗36セーブ、防御率3.32だった。
2012年1月17日にインディアンスと450万ドルの1年契約に合意[11]。7月に2年連続で2度目となるオールスターゲームに選出された[12]。8月13日のロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム戦では、4点リードの9回裏から登板し、無安打無失点3奪三振に抑え、通算100セーブ目を挙げた[13]。この年は61試合に登板し、0勝4敗39セーブ・防御率3.59だった。
2013年1月18日にインディアンスと730万ドルの1年契約に合意した[14]。2月27日に、第3回WBCのアメリカ合衆国代表に選出された事が発表されたが[15]、3月1日に右肩痛で辞退した[16]。シーズンでは、開幕ロースター入りしたが、5月27日に右肩の故障が再発し15日間の故障者リスト入り[17]。6月には大麻所持により妻と共に在宅起訴を受ける。6月27日に故障者リストから復帰[18]。この年は54試合に登板し、5勝3敗25セーブ、防御率4.33だった。オフの10月31日に放出された[19]。
ドジャース時代

(2014年5月22日)
2013年12月24日にロサンゼルス・ドジャースと230万ドルの1年契約を結んだ[20][21]。
2014年は開幕ロースター入りし、セットアッパーとして42試合に登板していたが、8月4日に右足首の怪我で15日間の故障者リスト入りした[22]。オフに放出された。
ドジャース退団後
2015年2月4日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結んだ[23]。3月29日に自由契約となり、4月2日にマイナー契約で再契約したが、27日に契約破棄条項を行使し自由契約となった。6月24日に禁止薬物の使用で50試合の出場停止処分が科された。7月1日にボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結ぶが、8月26日に現役引退を表明した。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | STL | 41 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 7 | 6 | .500 | 177 | 41.2 | 34 | 5 | 22 | 0 | 1 | 42 | 2 | 0 | 18 | 16 | 3.46 | 1.34 |
| 2009 | 29 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 3 | .500 | 106 | 23.2 | 17 | 3 | 15 | 0 | 3 | 30 | 4 | 0 | 12 | 11 | 4.18 | 1.35 | |
| CLE | 32 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 4 | .000 | 133 | 33.1 | 24 | 5 | 12 | 0 | 3 | 38 | 4 | 0 | 16 | 16 | 4.32 | 1.08 | |
| '09計 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 2 | 7 | .333 | 239 | 57.0 | 41 | 8 | 27 | 0 | 6 | 68 | 8 | 0 | 28 | 27 | 4.26 | 1.19 | |
| 2010 | 63 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 23 | 9 | .500 | 260 | 63.0 | 40 | 4 | 28 | 3 | 5 | 61 | 4 | 0 | 15 | 12 | 1.71 | 1.08 | |
| 2011 | 64 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 7 | 36 | 0 | .364 | 248 | 59.2 | 46 | 5 | 26 | 4 | 3 | 39 | 1 | 0 | 24 | 22 | 3.32 | 1.21 | |
| 2012 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 39 | 0 | .000 | 242 | 57.2 | 49 | 6 | 16 | 1 | 2 | 59 | 0 | 0 | 25 | 23 | 3.59 | 1.13 | |
| 2013 | 54 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 25 | 1 | .625 | 243 | 54.0 | 56 | 11 | 21 | 2 | 4 | 54 | 1 | 0 | 27 | 26 | 4.33 | 1.43 | |
| 2014 | LAD | 49 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 1 | 6 | .250 | 200 | 46.1 | 38 | 6 | 25 | 0 | 5 | 39 | 4 | 0 | 23 | 22 | 4.27 | 1.36 |
| 通算:7年 | 393 | 0 | 0 | 0 | 0 | 16 | 24 | 133 | 29 | .400 | 1609 | 379.1 | 304 | 45 | 165 | 10 | 26 | 362 | 20 | 0 | 160 | 148 | 3.51 | 1.24 | |
記録
背番号
- 63(2008年)
- 34(2009年 - 同年途中)
- 54(2009年途中 - 2014年)