クリス・ヤングブラッド
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| クリス・ヤングブラッド | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム |
クリス・ヤングブラッド Brave Sky[1] The Medicine Man[1] |
| 本名 | クリス・ロメロ |
| ニックネーム | 赤豹 |
| 身長 | 183cm |
| 体重 | 103kg - 107kg |
| 誕生日 | 1966年2月10日[2] |
| 死亡日 | 2021年7月7日(55歳没)[2] |
| 出身地 |
|
| トレーナー |
リッキー・ロメロ ビクター・ジョビカ |
| デビュー | 1984年[2] |
クリス・ヤングブラッド(Chris Youngblood、本名:Chris Romero、1966年2月10日 - 2021年7月7日)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。テキサス州アマリロ出身。
父親のリッキー・ロメロ、兄のジェイ・ヤングブラッドとマーク・ヤングブラッドもプロレスラーである[3]。インディアン・ギミックのベビーフェイスとして、兄マークとのタッグチーム「レネゲード・ウォリアーズ(The Renegade Warriors)」などで活躍した。
1984年、プエルトリコにてビクター・ジョビカのトレーニングを受けてデビュー[4]。NWAのミッドアトランティック地区やフロリダ地区を転戦後[1]、1985年9月に死去したジェイ・ヤングブラッドに代わり、マーク・ヤングブラッドとの兄弟タッグでの活動を本格的に開始する。
1986年はフリッツ・フォン・エリックが主宰していたテキサス州ダラスのWCWA(WCCW)に参戦、9月1日にフォートワースにて行われたビッグイベント "WCWA Labor Day Star Wars" では世界タッグ王座の争奪トーナメントに出場し、ジョー・ルダック&リック・ルード、ジェリー・オーツ&テッド・オーツなどのチームを破り勝ち進んだが、準決勝でバズ・ソイヤー&マット・ボーンに敗退した[5]。
1987年より、カルロス・コロンの主宰するプエルトリコのWWCで活動。ザ・シープハーダーズ(ブッチ・ミラー&ルーク・ウィリアムス)やミスター・ポーゴ&TNTなどを下し、WWC世界タッグ王座を再三獲得した[6]。同年11月にはマークと共に全日本プロレスに初来日し、世界最強タッグ決定リーグ戦に出場している[7]。以降もWWCを主戦場に、サモアン・スワット・チーム(サムゥ&ファトゥ)、カンザスシティ・ジェイホークス(ボビー・ジャガーズ&ダン・クロファット)、ニンジャ・エクスプレス(ケンドー・ナガサキ&ポーゴ)などを抗争相手にタッグ王座を争った[6][8]。
1990年の下期からは、レネゲード・ウォリアーズのチーム名でWCWに登場。ファビュラス・フリーバーズ(マイケル・ヘイズ&ジミー・ガービン)、ナスティ・ボーイズ(ブライアン・ノッブス&ジェリー・サッグス)、フォー・ホースメン(アーン・アンダーソン&バリー・ウインダム)、ヤング・ピストルズ(トレイシー・スマザーズ&スティーブ・アームストロング)などの強豪チームと対戦した[9]。
その後はダラスの新団体GWFをアメリカでの活動の拠点とする一方、1992年1月の再来日以降は全日本プロレスの常連外国人チームとなり、1996年の夏にかけて通算8回に渡ってマークと共に全日本へ参戦[4]。スタン・ハンセンやアブドーラ・ザ・ブッチャーなど、スーパーヘビー級のエース外国人が率いたチームとも対戦した。
マークの引退後はシングルプレイヤーとなり、ECWにも登場。1999年下期はFMWに2回来日し、8月末の参戦時にはスーパー・レザーともタッグを組んだ[10]。
セミリタイア後の2000年代もテキサス西部のインディー団体への出場を続け、WTWL(West Texas Wrestling Legends)およびPWF(Professional Wrestling Federation)ではブッカーやマネージャーも担当。2007年10月には地元のアマリロにて、自身の主宰によるインディー団体 "Renegade Outlaw Wrestling" を旗揚げした[11]。