ルーク・ウィリアムス

From Wikipedia, the free encyclopedia

ルーク・ウィリアムスLuke Williams、本名:Brian Wickens1947年1月8日 - )は、ニュージーランドオークランド出身の元プロレスラー

リングネーム ルーク・ウィリアムス
クレージー・ルーク・ウィリアムス
ブッシュワッカー・ルーク
ルーク・ザ・ブッシュワッカー
スウィート・ウィリアム
スウィート・ウィリアムス
ゴージャス・テディ・ウィリアムス
プリティボーイ・フロイド
本名 ブライアン・ウィッケンズ
身長 183cm
体重 113kg(全盛時)
概要 ルーク・ウィリアムス, プロフィール ...
ルーク・ウィリアムス
ルーク・ウィリアムスの画像
2009年
プロフィール
リングネーム ルーク・ウィリアムス
クレージー・ルーク・ウィリアムス
ブッシュワッカー・ルーク
ルーク・ザ・ブッシュワッカー
スウィート・ウィリアム
スウィート・ウィリアムス
ゴージャス・テディ・ウィリアムス
プリティボーイ・フロイド
本名 ブライアン・ウィッケンズ
身長 183cm
体重 113kg(全盛時)
誕生日 (1947-01-08) 1947年1月8日(79歳)
出身地 ニュージーランドの旗 ニュージーランド
オークランド
スポーツ歴 ラグビー[1]
トレーナー ジョン・ダ・シルバ[2]
ブルーノ・ベッカー[3]
デビュー 1962年[4]
テンプレートを表示
閉じる

兄貴分ブッチ・ミラーとのタッグチームザ・ブッシュワッカーズ、ザ・シープハーダーズ、ザ・キウィズ)での活動で知られる。

来歴

1962年NWAニュージーランド(後のオールスター・プロレスリング)にて15歳でデビュー[4]スウィート・ウィリアムSweet William)をリングネームに、1966年よりボブ "ブッチ" ミラーとのコンビで活動[4]東南アジアを経て1972年カナダモントリオール地区に参戦後、1973年カルガリースタンピード・レスリングに進出、当時ニック・カーターと名乗っていたミラーとザ・キウィズThe Kiwis)を結成する[4]

1974年9月、カーター(ミラー)とのザ・キウィズとして、スウィート・ウィリアムスSweet Williams)の名義で国際プロレスに初来日[5]。9月16日に館山にてラッシャー木村&グレート草津IWA世界タッグ王座に挑戦した[6]。国際プロレスには、1976年7月にも単独で再来日している[7][8]1979年5月にはミラーと共に全日本プロレスに参戦[9]。同年よりチーム名をザ・シープハーダーズThe Sheepherders)に改め、ヒールタッグチームとして各地を転戦、プエルトリコWWCではアブドーラ・ザ・ブッチャーとも共闘している[10]

ジョナサン・ボイド(後方)とのニュー・シープハーダーズ(1983年)

1981年下期よりミラーが一時的にニュージーランドに帰国した際には、同じ南半球オーストラリア出身のジョナサン・ボイドを新パートナーに活動[11]アラバマSECWでは1982年9月にロバート・フラー&ジミー・ゴールデンミッドナイト・エクスプレスランディ・ローズ&デニス・コンドリー)とNWAサウスイースタン・タッグ王座を争い[12]テネシー州メンフィスCWAでは同年12月13日、ファビュラス・ワンズスティーブ・カーン&スタン・レーン)からAWA南部タッグ王座を奪取[13]テキサス州サンアントニオのサウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリングでは1983年5月7日、ザ・グラップラーズ(レン・デントン&トニー・アンソニー)を破ってSCWサウスウエスト・タッグ王座を獲得した[14]

1983年6月にボイドが交通事故で欠場してからはボビー・ジャガーズをパートナーとしていたが、7月のボブ・スウィータン&スウィート・ブラウン・シュガー戦の試合後にジャガーズを裏切って仲間割れ[14]。同年11月よりミラーとのシープハーダーズを再結成する[15]。以降、南部エリアを中心に各テリトリーのタッグ王座を再三奪取、日本では「タッグ泥棒」なる異名を付けられた[1]。1987年2月には新日本プロレスに来日、IWGPタッグ王座の決定リーグ戦に出場している[16]

1988年末、チーム名をブッチ&ルークのザ・ブッシュワッカーズThe Bushwhackers)に変更し、ブッチとは従兄弟同士という設定でWWFに登場。WWFではコミック・リリーフを担当するベビーフェイスのベテラン・チームとして売り出され、そのコミカルなキャラクターで子供ファンの人気を集めた[1]1990年12月には、当時WWFと提携していたSWSに来日している[17]。以降、WWFには1996年まで長期間に渡って在籍し、退団後もブッシュワッカーズ名義でブッチと共にインディー団体を転戦。2001年4月1日には『レッスルマニアX-Seven』のギミックバトルロイヤルに揃って出場している。

引退後はブッチとは別の道を歩み、かつての主戦場でもあったプエルトリコに居住してIWAブッカーを担当[18]。各地のインディー団体にもスポット参戦しており、2007年12月にはTNAに登場[19]2008年2009年ROHに度々出場、2010年6月はカナダ・ノバスコシア州のUCW "Summer Explosion Tour" に参加した[18]

2010年11月22日、SMASHがプロデュースする「ワールド・レジェンド・リバイバル」の第1弾選手として、SWS以来の20年ぶりの来日が実現。JCBホールで行われた『SMASH.10』に出場し、児玉ユースケから勝利を収めた[20]

2015年、ブッチ・ミラーとのザ・ブッシュワッカーズでWWE殿堂に迎えられた(インダクターは、かつてNWAフロリダ地区で彼らのマネージャーを務めていたジョニー・エースことジョン・ロウリネイティス[21][22]

獲得タイトル

スタンピード・レスリング
パシフィック・ノースウエスト・レスリング
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:3回(w / ブッチ・ミラー)[24]
NWAオールスター・レスリング
ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAミッドアトランティック・タッグ王座:1回(w / ブッチ・ミラー)[26]
ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWC北米タッグ王座:4回(w / ブッチ・ミラー)[27]
  • WWC世界タッグ王座:2回(w / ブッチ・ミラー)[28]
ユニバーサル・レスリング・フェデレーション
  • UWF世界タッグ王座:2回(w / ブッチ・ミラー)[29]
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWA USタッグ王座(フロリダ版):1回(w / ブッチ・ミラー)[30]
  • NWAフロリダ・タッグ王座:1回(w / ブッチ・ミラー)[31]
コンチネンタル・レスリング・アソシエーション
サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング
  • SCWサウスウエスト・タッグ王座:2回(w / ジョナサン・ボイド、ボビー・ジャガーズ[14]
  • SCW世界タッグ王座:1回(w / ブッチ・ミラー)[33]
サウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAサウスイースタン・タッグ王座:1回(w / ジョナサン・ボイド)[12]
  • NWA USジュニアヘビー級王座(サウスイースト版):1回[34]
ワールド・レスリング・エンターテインメント

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI