クレアンテス

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ルネサンス期銅版画

クレアンテス[1]クレアンテース[2]古希: ΚλεάνθηςKleanthēs前331年頃 - 前232年[1])は、古代ギリシアヘレニズム期哲学者ストア派の二代目学頭[1]。著作に『ゼウスへの讃歌』[2]

小アジアアッソス英語版出身[2]。当初は拳闘家だったが、アテナイに来てゼノンの門人となった[2][3]書板を買えないほどの苦学生であり[4]、夜間に肉体労働(水汲み、粉挽き)をしながら禁欲生活をして学んだ[2][3]

ゼノンのもとで19年間忠実に学び[5]、ゼノンが前263年に没すると二代目学頭となった[2]。門人に三代目学頭クリュシッポスマケドニア王アンティゴノス2世がいた[1]

死因は絶食自殺歯肉炎を治すため絶食し、治った後「長生きし過ぎた」として絶食を続け餓死[3][6][5][4][7]。享年はゼノンと同じとされるが定かでない[2][7]

その他、「ろば」と渾名されたなどの逸話がディオゲネス・ラエルティオスを通じて伝わる[3]

著作

後世の受容

脚注

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