クレアンテス
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小アジアのアッソス出身[2]。当初は拳闘家だったが、アテナイに来てゼノンの門人となった[2][3]。書板を買えないほどの苦学生であり[4]、夜間に肉体労働(水汲み、粉挽き)をしながら禁欲生活をして学んだ[2][3]。
ゼノンのもとで19年間忠実に学び[5]、ゼノンが前263年に没すると二代目学頭となった[2]。門人に三代目学頭クリュシッポス、マケドニア王アンティゴノス2世がいた[1]。
死因は絶食自殺(歯肉炎を治すため絶食し、治った後「長生きし過ぎた」として絶食を続け餓死)[3][6][5][4][7]。享年はゼノンと同じとされるが定かでない[2][7]。
その他、「ろば」と渾名されたなどの逸話がディオゲネス・ラエルティオスを通じて伝わる[3]。
