クレイ・ラパダ
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ヤンキース時代(2012年) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | バージニア州ポーツマス |
| 生年月日 | 1981年3月9日(44歳) |
| 身長 体重 |
6' 5" =約195.6 cm 195 lb =約88.5 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト外 |
| 初出場 | 2007年6月14日 |
| 最終出場 | 2013年9月22日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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クレイトン・アンソニー・ラパダ(Clayton "Clay" Anthony Rapada, 1981年3月9日 - )は、アメリカ合衆国・バージニア州ポーツマス出身の元プロ野球選手(投手)。左投右打。
プロ入りとカブス時代
2007年6月14日のシアトル・マリナーズ戦でメジャーデビューを果たした。
タイガース時代
2007年8月30日に、クレイグ・モンローの後日発表交換選手としてデトロイト・タイガースに移籍した。
レンジャーズ時代
2009年12月7日に金銭トレードでテキサス・レンジャーズへ移籍した[2]。
オリオールズ時代
2011年1月25日にウェーバーでボルチモア・オリオールズへ移籍した。
ヤンキース時代
2012年2月18日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。開幕メンバーに入り、左のショートリリーフとしてキャリアハイとなる70試合に登板した。父親がフィリピン人であるため、オフにワールド・ベースボール・クラシック予選のフィリピン代表での出場要請を受けたが、辞退している[3]。
ヤンキース退団後
6月13日、クリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ。セプテンバー・コールアップでメジャーに昇格するも、10月2日にDFAとなり、AAA級コロンバス・クリッパーズに降格。10月16日に放出された。12月5日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとマイナー契約を結んだ[4]。
2014年3月23日に放出された。4月1日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ[5]。6月16日に解雇され、16日にオリオールズとマイナー契約を結ぶ[6]。8月5日に解雇される。
2015年2月14日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだ。シーズン終了後にFAとなった。シーズンオフにベネズエラのウィンターリーグでプレーしたのを最後に現役を引退した。
現役引退後
引退後はサンフランシスコ・ジャイアンツの傘下マイナー球団で投手コーチを務め[7]、2021年からはジャイアンツ傘下巡回のアシスタントピッチングコーディネーターを務めている[8]。