クロシュ・レザー・パフラヴィー

パフラヴィー朝イランの元皇太子(1960 -) From Wikipedia, the free encyclopedia

クロシュ・レザー・パフラヴィー(Reza Pahlavi、1960年10月31日-)は、元パフラヴィー朝イラン皇太子。王位請求者。最後の皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィー日本の呼称ではパーレビ国王)と皇后ファラー・ディーバー英語版の長男。1979年イラン革命で帝政が崩壊して以降はアメリカ合衆国(米国)で亡命状態にある[1]

称号 イラン皇太子(王位請求者)
出生 (1960-10-31) 1960年10月31日(65歳)
イランの旗 イラン テヘラン
母親 ファラー・ディーバー英語版
概要 クロシュ・レザー・パフラヴィー, 称号 ...
クロシュ・レザー・パフラヴィー
パフラヴィー家
2023年撮影

称号 イラン皇太子(王位請求者)
出生 (1960-10-31) 1960年10月31日(65歳)
イランの旗 イラン テヘラン
父親 モハンマド・レザー・パフラヴィー
母親 ファラー・ディーバー英語版
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経歴

1960年、首都テヘランに生まれる。イラン革命により父親が亡命を余儀なくされると、米国へ移る。以降、イスラム共和制政権となったイランには戻れておらず、米国を拠点にしている。同じく亡命の身であった弟のアリー・レザー・パフラヴィーは2011年に自殺している[2]

2020年には、インタビューにて昨年来のイラン国内の大規模デモやウクライナ国際航空752便撃墜事件による抗議活動を挙げたうえで、最高指導者アリー・ハーメネイーが率いるイランの現在の体制は、数か月以内に崩壊すると予言。欧米の主要諸国に対してイラン政府と交渉しないようアピールを行った[3]。2024年5月19日に東アーザルバーイジャーン州ヘリコプター墜落事故が発生してイランの大統領エブラーヒーム・ライースィーらが死亡した際には声明を発表し、ライースィーは追悼に値しない残虐な虐殺者だったと批判。ハーメネイーを頂点とする現状の転換を訴えた[4]

「イラン国民の連帯」など、イランの現体制転換を求める政治勢力には、彼を擁立して国王を象徴として戴く民主国家樹立を求める支持者がいる。イラン国内での反政府デモにおいても、王政復古が叫ばれることがある[5][6]。ただし本人は王政復古の意思はないとしており、世俗的な民主主義体制に移行する過程で象徴的な役割を果たすことを表明している[7]。「イランの未来は国民が投票する投票箱によって決められるべきだ」という主張を元にイラン繁栄プロジェクト英語版を立ち上げ、民主主義政教分離、選挙で選ばれた国民の代表が憲法や法律を作ることなどを掲げている[8]

2025年6月13日イスラエルがイラン革命防衛隊の拠点や原子力施設を攻撃(ライジング・ライオン作戦)したことを受け、イランの軍や警察、治安部隊に対して体制からの離反を呼び掛け、イスラム共和国の打倒を望む考えを表明した[9]

2025年末からイラン国内の抗議デモが活発化すると、イランに圧力を掛けるドナルド・トランプ米国大統領に対し「介入する準備をしてほしい」と呼びかけたほか、イラン市民に対し2026年1月8日と1月9日は街頭へ出るよう促すメッセージを発信した[10][11]。イスラム原理主義体制が崩壊すれば帰国して国政に関与する意欲を示した[1]。同年2月28日にイスラエルとアメリカ合衆国によるイラン攻撃が開始され、ハーメネイーらが殺害されると体制移行を主導する意向を表明した[12]。 ただ、これらの動きに関しては、「復権のために、単に便乗しているのではないか?」と言う指摘も存在する[13]

ちなみに、イラン国内でのパフラヴィーへの支持は広がっておらず、限定的とされる。かつてのパーレビ朝での独裁や汚職で、今も一族には不信の目が向けられている[12][14]。トランプ米大統領は3月3日にイラン新政権の枠組みに関連し、パフラヴィーについては、支持する者はいるとしても指導者候補として深く考えたことはないと発言している[15]

脚注

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