クロード・ダンブリー

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カタカナ クロード・ダンブリー
ラテン文字 Claude DAMBURY
生年月日 (1971-07-30) 1971年7月30日(54歳)
クロード・ダンブリー
名前
カタカナ クロード・ダンブリー
ラテン文字 Claude DAMBURY
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1971-07-30) 1971年7月30日(54歳)
出身地 フランスの旗 フランス領ギアナ カイエンヌ
身長 184cm
体重 76kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-1998 フランスの旗 FCグーニョン 142 (3)
1998-2001 日本の旗 ガンバ大阪 82 (4)
2001-2002 フランスの旗 USクレテイユ=リュシタノ 16 (1)
2002-2003 フランスの旗 FCマルティーグ 34 (1)
2003-2005 フランスの旗 スタッド・ランス 38 (2)
2005-2009 フランス領ギアナの旗 USマコウリア
通算 312 (11)
代表歴
2008 フランス領ギアナの旗 フランス領ギアナ 2 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

クロード・ダンブリー(Claude Dambury, 1971年7月30日 - )は、フランス領ギアナ出身でフランスの元プロサッカー選手。現役時代のポジションディフェンダー

南米のフランス領ギアナで生まれ育ち、20歳の時にフランスに渡った黒人選手。フランスリーグでは1995-1996以外のシーズンの大半を2部リーグで過ごした。

1998年7月、Jリーグガンバ大阪の新監督に就任したフランス人指揮官のフレデリック・アントネッティに誘われてグーニョンから完全移籍。身体のバネ、技術力の高さを生かした守備力と明るく陽気なキャラクターも相まって人気選手となる。彼と同じようにフランスリーグから連れて来られたユーゴスラビア代表アント・ドロブニャクポーランド代表ピオトル・シビエルチェフスキの二人はアントネッティ監督と一緒に退団する形になり、最も実績の乏しかったダンブリーだけがクラブに残ることになった。結果4シーズンに渡ってガンバ大阪に在籍した。

その後所属したFCマルティーグではドロブニャクと再びチームメイトとなった。キャリアの晩年は母国のクラブでプレーした。

2008年にはフランス領ギアナ代表として2試合に出場した。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
フランス リーグ戦 F・リーグ杯フランス杯 期間通算
1993-94グーニョン2部70
1994-95290
1995-961部271
1996-972部392
1997-98400
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1998G大阪5J222-10232
1999J12723020322
2000202703000300
20016000-60
フランス リーグ戦 F・リーグ杯フランス杯 期間通算
2001-02クレテイユ2部161
2002-03マルティーグ341
2003-04ランス3部342
2004-052部40
通算フランス1部 271
フランス2部 1694
フランス3部 342
日本J1 8246030914
総通算 31211

代表歴

試合数

  • 国際Aマッチ 2試合(2008年)[1]
フランス領ギアナ代表国際Aマッチ
出場得点
200020
通算20

出典

関連項目

外部リンク

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