グレートネフュー

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現役期間 1965年 - 1968年
欧字表記 Great Nephew[1]
性別 [1]
グレートネフュー
現役期間 1965年 - 1968年
欧字表記 Great Nephew[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1963年[1]
死没 1986年
Honeyway[1]
Sybil's Niece[1]
母の父 Admiral's Walk[1]
生国 イギリスの旗 イギリス[1]
生産者 Hon. J. P. Phillipps
馬主 Hon. J. P. Phillipps
→Dalham Hall
調教師 Jack Jarvis
→Etienne Pollet
競走成績
生涯成績 22戦5勝[1]
勝ち鞍 ムーラン・ド・ロンシャン賞
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グレートネフューGreat Nephew[1]1963年 - 1986年)は、イギリス競走馬種牡馬

英仏のマイル路線を中心に出走し、ムーランドロンシャン賞などに優勝した。種牡馬としてはグランディ及びシャーガーの2頭の名馬を輩出し、それぞれが活躍した1975年及び1981年に英愛リーディングサイアーに輝いた。

競走馬時代

父ハニーウェイ(Honeyway)は1945年のジュライカップ及び1946年のチャンピオンステークスに勝ったフェアウェイ産駒で、種牡馬として1955年のプール・デッセ・デ・プーリッシュ優勝馬Dictaway(FR)や1956年の英1000ギニー優勝馬Honeylightなどを輩出している。

母Sybil's Nieceは1953年のクイーンメアリーステークス勝ち馬で、チェヴァリーパークステークスコロネーションステークス及びファルマスステークスで2着するなど牝馬短距離路線で活躍した馬である。また、14号族(14-c)の出身であり、グレートネフューの6代母にあたるプリティーポリーの牝系からはリュティエニアークティックブリガディアジェラードなどの名馬が多数生まれている。

グレートネフューは最初ニューマーケットのJack Jarvisにより調教され、ラウスメモリアルステークスで2着に入ったが、3歳時にはEtienne Polletのもとに転厩することになった。

3歳となった1966年には2000ギニーをカシミール(Kashmir )の2着、ロッキンジステークスをSilly Seasonの2着、クイーンアンステークスをテスコボーイの3着、ムーランドロンシャン賞をシルバーシャークの2着と、勝ちきれないものの大レースでの善戦を繰り返した。

4歳時も現役を続けたグレートネフューは、ガネー賞2着、エクリプスステークス2着と中距離重賞でも力のあるところを見せると、ムーランドロンシャン賞で前年のリベンジを果たしてG1級のレースを初制覇した。その後、2000mのドラール賞を勝鞍に加えて競走馬を引退した。

種牡馬時代

グレートネフューは503頭の産駒を残し、うち39頭がステークスウィナーになるなど、成績は良好で、グランディ愛2000ギニー、英愛ダービー及びキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに勝った1975年並びにシャーガーが英愛ダービー及びキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに勝った1981年には英愛リーディングサイアーに輝いた。

おもな産駒

  • Full of Hope(GB,1970) - 1976年 イスパーン賞
  • グランディ(IRE,1972) - 1975年 英ダービー、愛ダービー、愛2000ギニー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス
  • Nikoli(IRE,1977) - 1980年 愛2000ギニー
  • Mrs. Penny(USA,1977) - 1980年 ディアヌ賞
  • シャーガー(1978) - 1981年 英ダービー、愛ダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス
  • Tolmi(GB,1978) - 1981年 コロネーションステークス
  • Carotene(CAN,1983) - 1987年 イエローリボン招待ステークス

血統表

脚注

外部リンク

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