グロースアイティンゲン
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バイエルン州 |
| 行政管区: | シュヴァーベン行政管区 |
| 郡: | アウクスブルク郡 |
| 市町村連合体: | グロースアイティンゲン行政共同体 |
| 緯度経度: | 北緯48度13分45秒 東経10度46分57秒 / 北緯48.22917度 東経10.78250度座標: 北緯48度13分45秒 東経10度46分57秒 / 北緯48.22917度 東経10.78250度 |
| 標高: | 海抜 539 m |
| 面積: | 39.05 km2 |
| 人口: |
5,339人(2023年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 137 人/km2 |
| 郵便番号: | 86845 |
| 市外局番: | 08203 |
| ナンバープレート: | A, SMÜ, WER |
| 自治体コード: |
09 7 72 151 |
| 行政庁舎の住所: | Am Alten Markt 3 86845 Großaitingen |
| ウェブサイト: | www.grossaitingen.de |
| 首長: | エルヴィン・ゴスナー (Erwin Goßner) |
| 郡内の位置 | |
| 地図 | |
![]() | |
グロースアイティンゲン (ドイツ語: Großaitingen) は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区のアウクスブルク郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)である。
位置
グロースアイティンゲンは、アウクスブルクの南西約 15 km の、ジンゴルト川およびヴェルタハ川沿いに位置している。レヒ=ヴェルタハ平地の西周縁部にあたる。グロースアイティンゲンの南約 5 km にシュヴァープミュンヘン、北約 5 km にボービンゲンがある。ボービンゲンとグロースアイティンゲンとの間にヴェーリンゲンが存在する。西にはラインハルツホーフェン地区があり、東はクラインアイティンゲンと境を接する。グロースゲッティンゲンには、1948年にトランシルヴァニア地方から逐われた人々によって建設されたグナーデンタイルジートルングが含まれる。
自治体の構成
この町は4つのゲマインデタイル(地理上の地区)からなる[2]。
- エッガーホーフ
- グロースアイティンゲン
- ハルト
- ラインハルツホーフェン
歴史
住民
人口推移
1988年から2018年までの間にこの町の人口は3,726人から5,133人へ、約 37.8 % 増加した。
行政
この町は、グロースアイティンゲン行政共同体の一員である。
議会
議会は町長と20人の町議会議員からなる[4]。
首長
2014年5月1日からエルヴィン・ゴスナーが町長を務めている[4]。彼は2014年3月16日の選挙でSPDの推薦を受け 50.9 % の支持票を獲得して町長に選出された。2020年3月15日の選挙では、2人の対立候補を相手に第1回投票で 73.4 % の票を獲得した。この選挙で彼は、Wählergruppe Gemeinsam für Großaitingen の候補として出馬している。彼の前任者はフランツ・シュテリンガー(SPD, 任期: 2002年 - 2014年)であった。
紋章
図柄: 白と青の菱形模様の背景に、内線と横線が入った金の珠(帝国宝珠)[5]。
紋章の由来: 11世紀から12世紀にアウクスブルク聖堂参事会は寄進や購入によってこの町の町域に多くの土地を所有し、比較的まとまった重要な所領を形成していた。聖堂参事会はこの集落にプフレークアムト(地方行政役場)を設けた。アウクスブルクの司教領主クレメンス・ヴェンツェスラウス(1739年 - 1812年)は、いわゆるホーホ通り沿いの大きな集落に対して、境界石、境界柱、土地の境界の目印、消防施設などの共同の器具に目印をつけるよう命じた。グロースアイティンゲンはクラインアイティンゲンとともに首邑シュヴァープミュンヘンに組み込まれており、その紋章デザインである帝国宝珠を印とした。グロースアイティンゲンがバイエルンに属して以降、帝国宝珠は白と青の菱形模様の背景に描かれるようになった。1815年頃に創られた「Ruralgemeinde Grosaitingen」(直訳: 田舎町グロースアイティンゲン)という文言がある印章は、葉のついた枝で囲まれた盾型に大鎌と打穀棒との間に3本の穂が描かれたものであった。1838年8月30日に内務省は、1836年3月22日に王の認可を受けた紋章の継続使用を承認した。1928年7月に内務省は、紋章の穂、農機具、枝は描かれるべきでないと勧告した。
この紋章は、1954年から用いられている。

