ケニア航空431便墜落事故
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1999年6月に撮影された事故機 | |
| 出来事の概要 | |
|---|---|
| 日付 | 2000年1月30日 |
| 概要 | 失速警報の誤作動によるパイロットの操縦ミス |
| 現場 | 大西洋 |
| 乗客数 | 169 |
| 乗員数 | 10 |
| 負傷者数 | 10 |
| 死者数 | 169 |
| 生存者数 | 10 |
| 機種 | エアバスA310 |
| 運用者 |
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| 機体記号 | 5Y-BEN |
| 出発地 |
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| 経由地 |
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| 目的地 |
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ケニア航空431便墜落事故 (ケニアこうくう431びんついらくじこ)とは2000年1月30日に大西洋で発生した航空事故である。事故原因は失速警報の誤作動とそれによるパイロットの操縦ミスだった。
2000年1月30日、ケニア航空431便はエアバスA310-304(機体記号:5Y-BEN)(機体愛称:Harambee Star)で運行されていた。ケニアのナイロビを出発し、ナイジェリアのラゴスを経由しコートジボワールのアビジャンに向かう予定であった。しかしその日は砂嵐であったため、まずナイロビからアビジャンに直行し、その後ラゴスに向かうことになった。
- 15:15にアビジャンに到着した。その後準備を行い21:00に離陸許可を受け、高度4,000フィートまでの上昇許可を得た。
- 21:08:18に離陸を開始した。このとき副操縦士が操縦していた。
- 21:08:57に副操縦士が「正の上昇率 (positive rate of climb)、ギアアップ」と告げた。この直後に高度300フィートで失速警報が作動し、おそらくスティックシェイカーが起動した[1]。機長はギアアップの要求を実行していなかった。副操縦士は警報に対する反応として操縦桿を前に押した。副操縦士は失速警報を解除するように依頼した。地上接近警報が作動したが直後に停止し、フラップが降りた状態で速度が出すぎたので速度超過警報が作動した。直後に機長が「上げろ!」と叫んだ。
- 21:09:24に機体は210ノットで空港から2.8kmの海面に激突した。
- 墜落直後にモーターボートと漁船が7人の生存者(ナイジェリア人3人、ケニア人1人、ガンビア人1人、インド人1人)を救助した。フランス人の生存者1人は自力で岸まで泳ぎ着いた。救助された生存者は12人だったが2人が病院で死亡し、最終的な生存者は10人となり、そのほとんどが海面に流れ出たジェット燃料により火傷(化学熱傷)を負った。
この事故はコートジボワール最悪の航空事故となり、2021年2月現在も更新されていない。さらに、A310型機の事故においても最悪のものとなっている。