コンスタンティン・フォン・エティングスハウゼン
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1826年にウィーンで生まれる。父親は数学者、物理学者のアンドレアス・フォン・エッティングハウゼンである。ウィーン大学で医学を学び、1848年に医学博士として卒業、1854年にはウィーンの軍医学校の博物学・植物学教授となる。1871年にグラーツ大学の植物学の教授になり、生を終えるまで、職位にあった。1881年には学長となった。
1876年以降何度もロンドンに訪れるようになり、ロンドン自然史博物館のコレクションに関わった。フォン・エッティングスハウゼンはヨーロッパ各地の第三紀の植物相や、オーストラリア・ニュージーランドの化石植物相の研究で知られている。1857年にはアウグスト・シュテイラーによってブドウ科の化石植物に「エンッティングスハウゼニア」が献名されている(ただし2011年にスズカケノキ科との見解が出ている)。
フォン・エッティングスハウゼンは図版を用いた著作を多く残した。それらの図版は、アロイス・アウアーが発明した、自然物を鉛や軟質材料に押し付けて型をとる"Naturselbstdruck"(ネーチャープリント)の技法によって、精細な表現を実現している。
息子のアルベルト・フォン・エティングスハウゼン(Albert von Ettingshausen)は物理学者になり、ヴァルター・ネルンストとともにエッティングスハウゼン-ネルンスト効果を発見した。