コーリー・パターソン

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生年月日 (1979-08-13) 1979年8月13日(46歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
175 lb =約79.4 kg
コーリー・パターソン
Corey Patterson
ブルージェイズ時代(2011年6月4日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州アトランタ
生年月日 (1979-08-13) 1979年8月13日(46歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1998年 ドラフト1巡目(全体3位)
初出場 2000年9月18日 ブルワーズ
年俸 $850,000(2011年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ドナルド・コーリー・パターソンDonald Corey Patterson , 1979年8月13日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のプロ野球選手外野手)。右投左打。

弟のエリック・パターソンもプロ野球選手。

ジョージア州にあるハリソン高等学校に在学時の1998年シカゴ・カブスからドラフト1巡目(全米3位)で指名され入団。1999年に発表されたベースボール・アメリカの有望株ランキングで1位の評価を受けた。2000年の開幕をAA級のウェストテン・ダイヤモンドジャックスで迎え、22本塁打・82打点を記録した。ここでのプレーオフ終了後、メジャー昇格。

9月18日ミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビューを果たした。次の試合でメジャー初ヒットをホアン・アセベドからホームランで記録した。

2001年はフルシーズンメジャーでプレーできなかったが、2002年は153試合に出場し打率.253を記録した。2003年は更に成績を上げ83試合までで打率.298、55打点を記録していたが、7月6日セントルイス・カージナルス戦で左膝の靭帯を断裂する大怪我を負い、そのままシーズンを終了した。

2004年157試合で打率.266、24本塁打、72打点、32盗塁をあげシーズン通して自己ベストを更新した。2005年は非常は見合った成績が上げられず、7月7日AAA級のアイオワ・カブスに落ち、8月9日ジェリー・ヘアストン・ジュニアが負傷したことをうけてメジャーに再昇格した。

2006年1月9日にマイナーリーガー2選手とのトレードでボルチモア・オリオールズへ移籍した。ここでアメリカンリーグ3位の45盗塁を記録した。2007年終了後契約更新されなかった。

2008年3月3日、シンシナティ・レッズとマイナー契約。シーズン開幕前に40人のロースターに登録された。開幕後は好調だったが徐々に調子を落としだし、5月25日AAA級のルイビル・バッツに降格したが、故障者がでたため1週間でメジャーに再昇格した。しかし調子はあがらずシーズンを終えた。12月18日ワシントン・ナショナルズとマイナー契約。

2009年7月29日にナショナルズから戦力外通告を受けた。8月1日ミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約。その後12月にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結ぶ。

2010年4月21日、ボルチモア・オリオールズとマイナー契約。12月21日トロント・ブルージェイズとマイナー契約。

2011年7月27日にブルージェイズ、シカゴ・ホワイトソックスセントルイス・カージナルス間での三角トレードでカージナルスに移籍。10月31日にFAとなる。

2012年1月30日、ブルワーズに復帰したがメジャー出場はなく、11月3日にFAとなった。

2013年1月30日ニューヨーク・メッツに入団。しかし3月30日に放出され、4月30日シアトル・マリナーズに入団。6月6日に再び放出され、6月21日ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[2]11月5日にFAとなった。

ワシントン・ナショナルズ時代のパターソン(2009年)

年度別打撃成績

脚注

外部リンク

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