サンデパート (札幌)
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1962年にサンデパートとして創業、開店した。デパート名は一般公募より採用した。店名の由来は、立地場所である狸小路三丁目の「三」、及び太陽(Sun)の発音より。当デパートは北海道で最初の複数店による共同店舗であり、エスカレーター設置のデパートとしても北海道初であった。
後に百貨店は閉店し建物はテナントビルとなり、会社はこの建物の不動産管理会社となった。百貨店閉店後はYESそうご電器本店が実質キーテナントとして入居していたが、その後ドン・キホーテ札幌店に入れ替わっている。2012年、同ビルの再開発計画が報じられ[1]、2015年10月、2020年の完成を目指し地上28階建てのビルに建て替えることが発表された[2][3]。2018年4月16日、キーテナントであったドン・キホーテが駅前通りを挟んで向かいに立地するコスモビルおよびアルシュビルに移転し、程無くゲオ狸小路店も近隣に立地するラルズ狸小路店地階へ移転した事により、入居していた施設が全て撤退完了[4]。
沿革
本史
- 1962年(昭和37年)11月 - サンデパート創業、完成していた1階 ~ 3階のみ先行オープン。
- 1963年(昭和38年)12月
- 4階から9階が完成し、食堂街フロア等もオープン。
- 7階から9階は、賃貸マンション、事務所・倉庫、貸しオフィス、カルチャー教室。
- 1976年(昭和51年)4月27日 - かつて地階で高級喫茶「茶房・飛鳥」を運営、その後、6階大衆食堂「ピクニック」・地階和風レストラン「柳桜園」を営んでいた飛鳥が不渡りを出し倒産[5]
- 1983年(昭和58年)12月 - リニューアル工事。
- 1984年(昭和59年)3月 - 百貨店が6階の一部入居テナント(雑貨屋、美容院、歯科医院)のみを残し閉店。後継テナントには当時道内最大手の家電量販店チェーンであったYESそうご電器が入居。建物名称を「サンデパートビルそうご電器『YES』店」に改称。
- 2002年(平成14年) - 撤退したYESそうご電器に代わり、ドン・キホーテ札幌店とゲオ札幌店がテナント入居。
後史
デパート時代の主なフロア構成
| 階 | フロア概要 |
|---|---|
| 9階(塔屋)・屋上 | 賃貸マンション(賃オフィス、賃貸住宅)、マグナカー・レース場 |
| 8階 | 賃貸マンション(賃オフィス、賃貸住宅) |
| 7階 | 賃貸マンション(賃オフィス、賃貸住宅) |
| 6階 | デパート食堂
サン内科 サン歯科 サン理容 |
| 5階 | 食堂、文房具売り場、輸入雑貨、写真スタジオ、4階との階間にペットショップ |
| 4階 | ナショナル電化コーナー(太陽電池駆動の鉄道模型ジオラマ等も設置)[8]、紳士服売り場 |
| 3階 | 呉服コーナー、和装履物店、紳士服 SRC、パソコン・ショップ |
| 2階 | 紳士服 SRC、ニューギンザストア |
| 1階 | 下駄・草履専門店、革鞄専門店 |
| 地下1階 | 中華料理店、スパゲッティー屋、高級喫茶、和風レストラン、ステーキハウス・レストラン、カレーライス屋(カウンター形式)、カフェバー |
| 地下2階 | 百貨店支店 |
デパート閉店後
デパート時代の主な入居テナント
- 和装履物専門店 現代屋
- 東京五十番(中華料理店)[9][10] - ノルベサ北方向向かいに移転。移転の数年前(2010年代前半頃)に年配従業員が殆ど市内別支店に異動(もしくは退職)し、若手の従業員達に引き継がれ、全メニューの味付けも大幅に変更されていた。
- 飛鳥 - 大衆食堂「ピクニック」(直営食堂だったミカド跡を引き継いで開店)、高級喫茶「茶房・飛鳥」、和風レストラン「柳桜園」
- 紳士服エフワン札幌店(株式会社旭堂。1967年にテナント入居)
- 紳士服の丸勝
- 紳士服 SRC
- 呉服の竹内
- 洋傘ショールいのう
- そうご電器サンデパート店 - 後のキーテナント「そうご電器YES店」前身店舗
- ママースパゲティ(イタリア料理店)
- ヴィクトリアステーション 1号店 - 装飾として鉄道模型(蒸気機関車)を走らせていた。
- ケネディハウス札幌店(カフェバー)
- マグナカー(HOスケールサイズのスロットカー)レース場
- こどもクラブ
- ニューギンザストア札幌店(ニューギンザ百貨店系列)
- 松坂屋百貨店札幌店(外商センター)