サン・バルテルミー島
カリブ海の島
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歴史
1493年、クリストファー・コロンブスにより発見された。コロンブスは弟のバルトロメ(バーソロミュー)の名を島に名付けた、先住民のアラワク・カリブ族は現地語でオゥアナラ (Ouanalao) と呼んでいた。1648年にフランス人が入植した。その後、悪名高い海賊の隠れ家になった。
1651年にはマルタ騎士団の財産ともなる。1744年からはイギリスが占領した。1784年にスウェーデンに売却され、スウェーデン領になった。スウェーデンはこの島で1786年にスウェーデン西インド会社を設立するが、利益に結びつかず、1805年に閉鎖された。若干の植民活動も行われたが、経済活動には全くの不向きであった。またスウェーデンは奴隷貿易にも着手したものの、奴隷制は1846年に廃止されている。
1878年にグアドループの一部として再びフランスの領土となり、1963年にはサン・マルタンと共にグアドループ県に属するサン・マルタン−サン・バルテルミー郡となった。しかし、2003年の選挙の結果、フランス領セント・マーチン島北部ことサン・マルタン島と共に2007年2月22日グアドループ県から脱退し、独自のフランス海外準県に昇格した。
政治
地理
沿岸は複雑で小港が多く、島の最高峰は281mのモメ・ドゥ・ヴィティト山 (Mome du Vitet) である。島の周囲にはフゥルシュ島などの小島がある。
経済
交通
グスタフ3世飛行場 (Gustaf III Airport) と言う空港がある。この空港は、ヒストリーチャンネルにおいて、「世界で最も危険な空港」第3位に選ばれている[2]。

