サーアーチー
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| サーアーチー | |
|---|---|
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| |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 黒鹿毛 |
| 生誕 | 1805年 |
| 死没 | 1833年6月7日 |
| 父 | Diomed |
| 母 | Castianira |
| 母の父 |
ロッキンガム (Rockingham) |
| 生国 |
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| 生産者 |
Capt. Archibald Randolph Col. John Tayloe III |
| 馬主 |
Ralph Wormely VI →Col. William R. Johnson |
| 調教師 |
Arthur Taylor(アメリカ) →Thomas Larkin(アメリカ) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 7戦4勝 |
| 獲得賞金 | 不明 |
サーアーチー (Sir Archy) とは19世紀初頭のアメリカ合衆国の競走馬・種牡馬である。アメリカのサラブレッドの基礎を作った一頭。
両親はともにイギリスの生まれで、とくにダイオメドは初回のダービーステークスの勝ち馬である。ダイオメドは種牡馬として失敗し、タダ同然(50ギニー)でアメリカに叩き売られた。サーアーチーはその両親の間にバージニア州で生まれた。その後何人かの手に渡り、競走馬としてはブランク (Blank) に対するヒートに勝つなどの実績を重ねた。引退後は種牡馬となり、ともにアメリカで首位種牡馬となったサーチャールズ (Sir Charles) 、バートランド (Bertrand) のほか、レキシントン (Lexington) の祖父であるティモレオン (Timoleon) などを出した。また、クォーターホースの成立にコッパーボトム (Copperbottom) やサーソロモン (Sir Solomon) らが深く関わったという説がある。
1955年より選考が開始されたアメリカ競馬殿堂において初年度に選出された殿堂馬9頭のうちの1頭であり、殿堂馬の中では最も生年が古い[1]。
- Sir Charles - アメリカ首位種牡馬5回
- Bertrand - 1835年アメリカ首位種牡馬
- Timoleon - 15戦13勝。ボストン (Boston) の父
- Sir Solomon - クォーターホース父系として残存の可能性
- Copperbottom - クォーターホース種牡馬
- サリーホープ(Sally Hope) - 18連勝
- ヘンリー(Henry) - アメリカンエクリプス (American Eclipse) とのマッチレースに敗れる