シズラニ
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座標: 北緯53度10分31秒 東経48度29分09秒 / 北緯53.175383度 東経48.485756度
シズラニ Сызрань | |
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サマラ州でのシズラニの位置 | |
| 北緯53度10分0秒 東経48度28分0秒 / 北緯53.16667度 東経48.46667度 | |
| 国 |
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| 州 |
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| 等時帯 | UTC+4 (MST) |
| ウェブサイト | adm.syzran.ru |

シズラニ(スィズラニ、ロシア語: Сызрань、ラテン文字転写:Syzran)はロシア連邦南部サマラ州の都市。人口は16万6498人(2021年)[1]。ヴォルガ川下流の巨大ダム湖、サラトフ湖の右岸に臨む。州都サマラの西約120kmにある。
歴史

1683年に建設されたクレムリ(要塞)を端緒とする。この要塞はヴォルガ川沿いの水運を守る役目と、ロシア・ツァーリ国の当時の東方国境を遊牧民族から守る役割を果たしていた。シズラニという名はヴォルガ川に合流する支流シズランカ川に由来するが、この川の名はテュルク系の言葉で「渓谷から流れ出す川」というような意味だった。
国境がシベリア方面へ拡張したことにより、シズラニの木造のクレムリは18世紀初頭には軍事的重要性を喪失した。代わってヴォルガ川の港を擁する交易都市としての重要性が高まり、18世紀末には大きな町となっていた。1781年に都市として登録され、紋章を得た。
1874年、シズラニと西方のヴャジマを結ぶ1,400km近い長さの鉄道が開通し、シズラニに駅ができた。その6年後にはヴォルガ川をまたぐ鉄道橋も完成した。これにより交易が盛んになっただけでなく産業も盛んになった。20世紀初頭のシズラニはすでに産業都市でありロシア最大級の穀物精製の中心地だった。
1917年の十月革命以後、ソビエト連邦の経済政策によりシズラニの産業も大きく変わった。穀物の精製に代わり、結晶片岩の採掘と精製が主産業となった。当初は燃料として使われたが、後に製薬の重要な原料となった。さらに機械産業や原油精製といった重工業も立地するようになる。第二次世界大戦時は、ロシア西部の大都市から多くの工場が東へ疎開し、シズラニにも多数の工場が建設された。戦場とならなかったシズラニは、現在も革命前の街並みが比較的多く残っている。
経済と交通
姉妹都市
平頂山市、中国 2000年
en:Lencloître、フランス

