クレムリ
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ロシアの歴史ある都市の中心部には、城壁や塔などを巡らせて要塞化した建築物群がみられるが、これらはクレムリと呼ばれる。クレムリは近くに川や湖など自然の障害物のある丘の上に建てられ、クレムリ内部には攻城戦に備えた武器弾薬庫のほか、大聖堂、工房、宮殿、政庁舎など、貴族らによる支配の中心となる施設があった。市場町(ポサード)はクレムリの外に広がるが、さらに市街地全体も城壁で囲まれている場合もあった。
現在クレムリと呼ばれている建物の中には、本来の意味のクレムリである都市の防護用の城塞でなく、国境地帯などに設けられた軍の前哨を前身とするものもある(たとえばレニングラード州のシュリッセリブルクやイヴァンゴロドなどにあるクレムリは、もともと北西部辺境の前哨地であった)。また、要塞化された修道院を指してクレムリと呼ぶこともある(たとえばヤロスラヴリの顕栄修道院、白海のソロヴェツキー修道院、セルギエフ・パサドの至聖三者聖セルギイ大修道院など)。ヴォログダやロストフのクレムリは主教の住まいを要塞化したものだった。
「クレムリン」の語は、ロシアに数あるクレムリの中でも最も知名度が高いクレムリであるモスクワのクレムリを指して使われることも多い。モスクワのクレムリはモスクワ川に面した河岸段丘上に建てられ、歴代のモスクワ大公やロシア皇帝により宮殿や聖堂などが増築されていった。かつてモスクワのクレムリにはソビエト連邦共産党の中枢があったため、「クレムリン」はソ連首脳部の代名詞でもあった。現在ロシア大統領府はモスクワのクレムリにあるが、ロシア連邦政府はクレムリ外の建物を使っている。






