シャルル (ヴァロワ伯)
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生涯
軍事能力に長け、兄王の起こした戦争の司令官として輝かしい武功を立て続けた。
1300年から教皇ボニファティウス8世の要請で、フィレンツェの内乱を調停するために出かけているが、かえって暴動と混乱をあおる結果となった。
家族
1290年にナポリ王カルロ2世の娘で又従妹であるマルグリット・ダンジュー(1273年 - 1299年)と結婚し、2男4女をもうけた。
- イザベル(1292年 - 1309年) - ブルターニュ公ジャン3世と結婚
- フィリップ6世(1293年 - 1350年) - フランス王
- ジャンヌ(1294年 - 1342年) エノー伯ギヨーム1世と結婚
- マルグリット(1295年 - 1342年) - ブロワ伯ギー1世と結婚。ブルターニュ摂政シャルル・ド・ブロワの母
- シャルル(1297年 - 1346年) - アランソン伯シャルル2世、アランソン家の祖
- カトリーヌ(1299年)
1302年にラテン帝国の名目上の女帝で先妻の従妹、自身の又従妹であるカトリーヌ1世・ド・クルトネー(1274年 - 1308年)と結婚し、1男3女をもうけた。
- ジャン(1302年 - 1308年) - シャルトル伯
- カトリーヌ(1303年 - 1346年) - ターラント公およびアカイア公フィリッポ1世(マルグリット・ダンジューの弟)と結婚
- ジャンヌ(1304年 - 1363年) - ロベール3世・ダルトワと結婚
- イザベル(1305年 - 1349年)
1308年にサン=ポル伯ギー4世・ド・シャティヨンの娘マオー・ド・シャティヨン(1293年 - 1358年)と結婚し、1男3女をもうけた。