シュテファン・シュレック

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本名 シュテファン・マルクス・カビサレス・シュレック
Stephan Markus Cabizares Schröck
愛称 シュレッキ
ラテン文字 Stephan SCHRÖCK
シュテファン・シュレック
名前
本名 シュテファン・マルクス・カビサレス・シュレック
Stephan Markus Cabizares Schröck
愛称 シュレッキ
ラテン文字 Stephan SCHRÖCK
基本情報
国籍 フィリピンの旗 フィリピン
ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1986-08-21) 1986年8月21日(38歳)
出身地 バイエルン州シュヴァインフルト
身長 169cm
選手情報
在籍チーム フィリピンの旗 セレス・ネグロス
ポジション DF / MF
背番号 12
ユース
1991-2001 ドイツの旗 シュヴァインフルト
2001-2004 ドイツの旗 グロイター・フュルト
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2012 ドイツの旗 グロイター・フュルト 183 (7)
2012-2013 ドイツの旗 ホッフェンハイム 10 (0)
2013-2014 ドイツの旗 フランクフルト 12 (0)
2014- ドイツの旗 グロイター・フュルト 42 (0)
2016 フィリピンの旗 セレス・ネグロス (loan) 17 (18)
2017- フィリピンの旗 セレス・ネグロス
代表歴2
2004 ドイツの旗 ドイツ U-18 2 (0)
2004-2005 ドイツの旗 ドイツ U-19 12 (1)
2005 ドイツの旗 ドイツ U-20 2 (0)
2011- フィリピンの旗 フィリピン 38 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年8月13日現在。
2. 2019年1月16日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

シュテファン・マルクス・カビサレス・シュレックドイツ語: Stephan Markus Cabizares Schröck[1], 1986年8月21日 - )はドイツフィリピンをその出自に持つプロサッカー選手である。セレス・ネグロスFCに所属している。また、サッカーフィリピン代表にも選出されており、ユース年代ではドイツ代表に選出されていた。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)、ミッドフィールダー[2]。愛称はシュレッキ。

クラブ

SpVggグロイター・フュルト

2001年にグロイター・フュルトのジュニアチームでプレーを開始し、2004-05シーズンにトップチームに昇格した。2008年4月、シュレックはグロイター・フュルトと2年間の契約延長で合意した[3]。2年後の2010年3月、シュレックは再度2年間の契約延長でグロイター・フュルトと合意した[4]。現状よりも条件の良いオファーが5つ来たと彼は明かしたが、シュレックはクラブが常日頃から彼に示してくれるものに報いる形で残留を選択した[5]。シュレックもクラブがドイツ・ブンデスリーガに昇格することを望んでおり、契約が切れるまでにこの目標が達成されると信じていた[6]。彼とクラブの契約最終年となった2011-12シーズン、彼はクラブのブンデスリーガ2部優勝と1部昇格の達成に貢献した。

TSG1899ホッフェンハイム

2012年3月下旬、シュレックはドイツ・ブンデスリーガに所属していたTSG1899ホッフェンハイムと3年契約を結んだ[7]。彼はアイントラハト・フランクフルト戦で74分から出場しブンデスリーガ1部デビューを果たしたが、チームは0-4で敗れた[8]。シュレックは2013年3月3日に行われたリーグ首位に立つバイエルン・ミュンヘンの対戦でスターティングメンバーとして出場、見事なシュートを放ったものの相手のGKシュターケにセーブされた[9]

アイントラハト・フランクフルト

2013年6月、アイントラハト・フランクフルトへ移籍[10]

SpVggグロイター・フュルト復帰

2014年7月、古巣SpVggグロイター・フュルトと4年契約を締結[11]

セレス・ネグロスFC

2016年1月14日、フィリピンセレス・ネグロスFCレンタル移籍[12][13]

代表

シュレックはドイツ人の父とフィリピン人の母を持つため、サッカードイツ代表サッカーフィリピン代表どちらを選択することもできた。彼はユース年代ではドイツ代表を選択し、U-18、U-19、U-20のドイツ代表に選出された[2]

以前のFIFAの規則によれば、シュレックは21歳の誕生日までフィリピン代表を選択することができたが彼はその選択を行わず、また代表に選出されることもなかった。2008年10月上旬、フィリピンサッカー連盟2008 AFFスズキカップの予選で彼を初めて招集した[14]。しかし、彼は既に21歳を過ぎていたため招集が不可能であった。その後FIFAは2009年6月上旬に国籍を変更する選手に関する年齢制限を撤廃したため[15]、彼は再びフィリピン代表としてプレーすることが可能になった。2010年7月、シュレックは2010 AFFスズキカップ予選のサッカーラオス代表戦においてサッカーフィリピン代表に初招集されたが[5]、申請手続きが間に合わず最終的に彼は代表のメンバーリストから漏れることとなった[16]

母の母国のためにプレーできることは大きな喜びだ。本当に誇りに思う。今の自分があるのはすべて彼女のおかげであり、私が持っているすべてのものは彼女に拠っている。フィリピンのためにプレーすることは母に感謝を述べる私なりの方法だ。
シュテファン・シュレック[17]

申請手続きが完了した2011年3月、シュレックは2014 FIFAワールドカップ・アジア予選1次予選に出場可能となった[18]。その後彼は2011年6月29日に行われた1次予選のスリランカ代表戦においてフィリピン代表デビューを果たして90分フル出場したが、チームは1-1の引き分けに終わり、彼自身もイエローカードを受けた[19]。1次予選第2戦は2011年7月3日に行われ、シュレックは90フル出場、チームも4-0で勝利した[20]。しかし、彼はこの試合でも警告を受けたため、チームキャプテンのアレクサンダー・ボロメーオ英語版とともに2次予選第1戦のクウェート戦には出場できなくなってしまった[21]。フィリピンサッカー連盟は彼の警告を取り消すようFIFAにアピールしたが失敗に終わった[22]

シュレック不在の中行われた2次予選第1戦、フィリピン代表はクウェート代表に0-3で敗れた[23]。彼は第2戦での逆転を信じ、クラブの制止を振り切って第2戦の招集に応じ、フィリピン代表に加わった[24]。彼は前半のアディショナルタイムに約23mのミドルシュートを決めてフィリピン代表の先制に貢献したが、その後逆転されて1-2で敗れた[25]

シュレックは2013年3月に行われたAFCチャレンジカップ2014予選カンボジア戦でミドルシュートを決めて代表2ゴール目を記録した。また、試合もフィリピン代表が8-0で勝利した[26]

AFCアジアカップ2019ではキルギス戦でフィリピン代表のAFCアジアカップ本大会における史上初得点を記録した。

代表戦のゴール

フィリピン代表で挙げたゴールの一覧。

#日時場所スタジアム対戦相手スコア結果大会
1.2011年7月28日フィリピンの旗 マニラリサール・メモリアル・スタジアムクウェートの旗 クウェート1-01-22014 FIFAワールドカップ・アジア予選
2.2013年3月24日フィリピンの旗 マニラリサール・メモリアル・スタジアムカンボジアの旗 カンボジア5-08-0AFCチャレンジカップ2014 (予選)
3.2013年10月15日フィリピンの旗 バコロドパナード・スタジアムパキスタンの旗 パキスタン3-13-1フィリピンピースカップ2013
4.2015年9月8日フィリピンの旗 ボカウーフィリピン・スポーツ・スタジアムウズベキスタンの旗 ウズベキスタン1-41-52018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
5.2019年1月16日フィリピンの旗 ドバイアール・ラーシド・スタジアムキルギスの旗 キルギス1-31-3AFCアジアカップ2019

タイトル

SpVggグロイター・フュルト

プライベート

脚注

外部リンク

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