ショーンガウ
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バイエルン州 |
| 行政管区: | オーバーバイエルン行政管区 |
| 郡: | ヴァイルハイム=ショーンガウ郡 |
| 緯度経度: | 北緯47度48分47秒 東経10度53分52秒 / 北緯47.81306度 東経10.89778度座標: 北緯47度48分47秒 東経10度53分52秒 / 北緯47.81306度 東経10.89778度 |
| 標高: | 海抜 710 m |
| 面積: | 21.34 km2 |
| 人口: |
12,769人(2023年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 598 人/km2 |
| 郵便番号: | 86956 |
| 市外局番: | 08861 |
| ナンバープレート: | WM, SOG |
| 自治体コード: |
09 1 90 148 |
| 行政庁舎の住所: | Münzstraße 1-3 86956 Schongau |
| ウェブサイト: | www.schongau.de |
| 首長: | ファルク・シュリューターマン・ファン・ランゲヴァイデ (Falk Sluyterman van Langeweyde) |
| 郡内の位置 | |
| 地図 | |
![]() | |
ショーンガウ (ドイツ語: Schongau, ドイツ語発音: [ˈʃoːnga‿u][2]) は、ドイツ連邦共和国バイエルン州オーバーバイエルン行政管区のヴァイルハイム=ショーンガウ郡に属す市である。この都市はプファッフェンヴィンケル地方、レヒ川西岸に位置している。良く保存された旧市街はレヒベルク(山)に達し、ほぼ完全に保存された市壁を有する。ショーンガウはオーバーバイエルン行政管区の最も西に位置する都市で、この付近ではレヒ川がバイエルン語とシュヴァーベン語(アレマン語)との境界となっており、ショーンガウではバイエルンとアレマン系シュヴァーベンの言語が混在したレヒライン方言が話されている。
この街はロマンティック街道のアウクスブルクとフュッセンとの間に位置する宿駅であり、シュヴァンガウの城館やヴィースの巡礼教会へ向かう観光客がしばしば訪れる。
近隣の市町村
この街のすぐ隣、レヒ川東岸に市場町のパイティングがある。郡庁所在地のヴァイルハイム・イン・オーバーバイエルンは東に約25kmの距離である。また、隣の郡の郡庁所在地で大規模郡都市のランツベルク・アム・レヒへもやはり25kmの距離がある。もっと近くに位置する町村としては北にホーエンフルヒ、キンザウ、アプフェルドルフがある。西にはアルテンシュタット(シュヴァープニーダーホーフェン地区)、シュヴァープゾイエン(ザクセンリート地区)、インゲンリートがある。フュッセン(約35km離れている)方面にはブルッゲンとベルンボイエルンが位置している。ショーンガウの西約25kmにはオストアルゴイ郡の郡庁所在地であるマルクトオーバードルフと郡独立市のカウフボイレンがある。
自治体の構成
本市は、公式には 2つの地区 (Ort) からなる[3]。このうち小集落や孤立農場などを除く集落は首邑のショーンガウだけである。
歴史
ショーンガウの起源は現在のアルテンシュタット付近にあった。13世紀末にほとんどの住民がわずか数km離れたレヒ川畔のレヒウムラウフベルクに造られた新しい入植地に移った。この際に集落の名前も一緒に移された。丘陵地は防衛上はるかに好都合であったのだ。ショーンガウはアウクスブルクへ向かうローマ街道であるヴィア・クラウディア・アウグスタ(紀元47年建造)に沿っており、このことから、この街がローマ時代に起源を持つことがわかる。中世には、ヴェローナ - アウクスブルク - ニュルンベルクという交易路と、ベルヒテスガーデナー・ラントからアルゴイ地方に至る塩街道という2本の重要な通商路が交差する街として重きをなした。レヒラインは12世紀にヴェルフェン家の支配下で生じた地域概念である。1191年のヴェルフ6世の死後、レヒラインの所領はホーエンシュタウフェン家のものとなった。1268年にショーンガウはヴィッテルスバッハ家のバイエルン公支配下に置かれた。皇帝ルートヴィヒ4世は1331年に貨幣鋳造権を含む法書をショーンガウに授けた[4]。
1589年から1592年までショーンガウで大規模な魔女狩りが行われた。これは当時のバイエルン領内で行われた魔女狩りの中で最大のものであった。この魔女狩りで63人の女性が処刑された[5]。
商業と市民の努力により、ショーンガウは15世紀に隆盛期を迎えた。しかしアメリカ大陸の発見が大規模通商路に変革をもたらした。ショーンガウは貧窮した。城館や舞踏場といった重要な建物の維持費用が捻出できず倒壊し、あるいは取り壊された。第二次世界大戦後、この街およびその周辺地区は避難民によって人口が著しく増大したが、中小企業の成功により失業率を比較的低く抑えることができた。
ショーンガウは以前、同名の郡の郡庁所在地であった。バイエルン州の郡域再編に伴い、この郡は1972年にヴァイルハイム郡と合併し、現在のヴァイルハイム=ショーンガウ郡となった。郡の機関が統一された今でも、時折「旧ショーンガウ郡」という名称が使われることがある。


